魔王のお茶会
2026年2月22日
2026年2月22日
◆よしこ視点
朝。
カインくんを客間に泊めて、一晩明けた。
(外交会談って何すんねやろ)
正直——わからん。前世で保育園の保護者会はやったことがある。PTA会長と揉めた時は、お茶出して、菓子出して、「まぁまぁ座ってお話ししましょ」と言ったら大体収まった。
外交も——そんな感じでええんちゃうかな。
「魔王様。準備が整いましたわ」
メルちゃんが来た。——いつの間にか、応接間のテーブルにお茶のセットが並んでいる。わてが用意した茶菓子の横に、メルちゃんが書類を何枚か置いている。
「メルちゃん、それ何?」
「外交文書の草案でございます。昨夜のうちに——和平の条件、こちら側の要求、妥協点を整理しておきましたわ」
「……仕事早いなぁ(^^)」
「当然ですわ。わたくし、こういうことが得意ですもの」
メルちゃんが微笑んだ。この子のこの笑い方——策士の顔や。頼もしいけど。
「ヴェルちゃんは?」
「ヴェルザ殿は……」
メルちゃんが少し言い淀んだ。
「……昨日の件が——まだ尾を引いているようですわ。ですが、会談には出席されます」
「そう。ヴェルちゃん、大丈夫かなぁ」
「……大丈夫ではないでしょう。ですが——あの方は責任感でお立ちになります」
「そうやなぁ(^^)」
わかっている。ヴェルちゃんの目が赤かったこと。お茶を一緒に飲んだこと。先代のことを——聞いた。
ヴェルちゃんは泣いていた。泣いてへんと言いながら。
「ほな、カインくん呼んでこよか(^^)」
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◆カイン視点
応接間に通された。
——お茶会だった。
窓の外には黒い城壁が見える。魔王城の石造りの重厚な壁。廊下には甲冑が飾られ、天井は暗い。——だが、この部屋だけは違った。テーブルクロスがかけられ、花が一輪、コップに挿してある。
テーブルの上に、茶器が並んでいる。よしこ特製の焼き菓子。蜂蜜の香りがする小さな焼き菓子と、ナッツを砕いて練り込んだ丸い菓子。甘い匂いが——城の冷たい石の空気を塗り替えている。
向かいに——よしこが座っている。横にヴェルザ。少し離れた位置にメル。
私は——密書の内容に基づく報告書を持ってきた。国王陛下の意向。和平の条件。聖教会の反対。交渉の枠組み。
すべて整理してある。軍人らしく、簡潔に。
「では——報告いたします。国王陛下の密書の内容を——」
「カインくん」
「はい」
「まず茶飲み(^^)」
「…………」
「冷めるから。ほら」
茶が——差し出された。湯気が立っている。よい香りだ。何かの花の香りが混ざっている。
一口飲んだ。——美味い。
焼き菓子に手が伸びた。——いや。外交会談の席で菓子を食べるのは——
「食べてや(^^) 朝から焼いたんやで」
「……一つだけ」
焼き菓子をかじった。
蜂蜜の甘さ。表面がカリッとして、中がしっとりしている。
「……美味い」
「せやろ(^^)」
——二つ目に手が伸びていた。止められなかった。
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「——では、改めて報告いたします」
茶を飲んだ。焼き菓子を三つ食べた。——三つも食べてしまった。軍人としてどうかと思うが、よしこは「よう食べるなぁ(^^)」と嬉しそうだった。
「国王陛下は、魔族との長年の対立を終結させることを望んでおられます。しかし、公には動けない。聖教会——大神官グレイヴスが反対しています」
「グレイヴスさん……あの鎧の人やな」
「……ご存知で?」
「シオンくんの上司やろ。シオンくんから聞いたわ(^^)」
上司。——聖教会の大神官を「上司」と呼ぶ人を初めて見た。
「国王陛下の提案は、非公式の協議から始めたいということです。魔族側の代表と、王側の代表が、互いの要求を確認する場を設ける。聖教会を介さず」
「ほうほう」
「場所と時期は——魔王側のご意向を伺いたいと」
ヴェルザが——口を開いた。
「我々としては——」
「あ、ヴェルちゃん。わてから言うてええ?」
「……かしこまりました」
ヴェルザが口を閉じた。メルがわずかに眉を上げた。
「カインくん」
「はい」
「場所はここでええよ(^^)」
「……ここ、とは。魔王城ですか」
「せやで。ごはん作れるし(^^)」
——外交協議の場を「ごはんが作れるから」で決めた。
「……王側の代表が、魔王城まで来ることに——安全上の懸念がありますが」
「ごはん食べるだけやのに、何が危ないん(^^)」
「…………」
メルが——小さく咳払いした。
「カイン殿。わたくしから補足させていただきますわ。安全保障については、こちらで文書をご用意しております。滞在中の身柄保護、武装解除の免除、退去の自由——必要な条件は全て盛り込んでおります」
メルが——書類を差し出した。
目を通した。——完璧だ。外交文書としての体裁が整っている。国際法の知識がなければ書けない内容。いや——国際法という概念が、この世界にあるのかすらわからないが。
「……これは」
「わたくし、こういうことが得意でございますの」
「……見事な文書だ」
「あら。ありがとうございますわ」
メルが微笑んだ。慇懃な、油断のない微笑み。——この人が、本当の交渉相手だ。
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◆メル視点
カイン殿は——堅い人ですわ。
軍人。職業的な誠実さ。命令と正義の間で悩むタイプ。——扱いやすい、とは言いませんが。理解できる。
外交文書を渡した。わたくしが一晩で仕上げたもの。ヴェルザ殿には目を通してもらった——目が赤いまま、一字一句確認して、二箇所の修正を入れた。あの方は——どんな状態でも仕事をする。
カイン殿が文書を読んでいる間——よしこ様は茶を飲んでいた。
何もしていない。
何もしていないのに——この場の空気を作っているのは、よしこ様だ。
カイン殿が報告書を読み上げようとする度に、「まず茶飲み」で遮られた。本人は外交技術だと思っていない。ただ「冷めるから」。だが——結果として、カイン殿の緊張は解けている。焼き菓子を三つ食べた時点で、もう軍人の構えは崩れていた。
これが——よしこ様のやり方ですわ。計算ではない。天然。だから——対処のしようがない。
「カインくん」
「はい」
「一つだけ聞いてええ?」
「……どうぞ」
「王様って、ええ人?」
カイン殿が——止まった。
「ええ人」。外交の場で聞く質問ではない。
「……国王陛下は——良き君主であられます。民を思い、平和を願われている方です」
「そう(^^) ほな、ええ人やな」
「…………」
「王様も来たらええのに。ごはんあるで(^^)」
カイン殿が——茶のカップを、テーブルに置いた。音がした。
「……本気でおっしゃっているのですか」
「当たり前やん(^^)」
当たり前。
魔王が、敵国の国王に「ごはんあるで」と言っている。当たり前やん、と。
「……王様がここに来たら、何を出すんですか」
「うーん。シチューかなぁ。カインくんにはもう出したから、王様にも出したろ(^^)」
「シチューで——外交を」
「外交って言うから難しいんやて。ごはん食べるだけやん(^^)」
カイン殿が——私を見た。
わたくしは——肩をすくめて見せた。
「わたくしも最初は戸惑いましたわ。——でも、この方のやり方は、いつもこうですの」
「…………」
「そして——不思議と、うまくいきますわ」
カイン殿が——焼き菓子に手を伸ばした。四つ目。もう数えるのをやめたらしい。
「……密書の返答は」
「ヴェルちゃんとメルちゃんに任せるわ(^^) わてが書いたら字ぃ汚いし」
「……了解しました」
ヴェルザ殿が——小さく頷いた。目はまだ赤いが、声は安定している。
「返答は明日までにご用意いたします。カイン殿、もう一泊していただけますか」
「……了解した」
カイン殿が——最後の焼き菓子に手を伸ばした。五つ目。
皿が空になった。
「あら、なくなった(^^) もう一皿焼こか」
「い、いえ——結構です。十分いただきました」
「遠慮せんでええのに(^^)」
カイン殿の耳が——わずかに赤い。
ふふ。——ごちそうさまですわ。
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【あとがき】
最後まで読んでいただきありがとうございました。
第58話「魔王のお茶会」。よしこ流の外交会談です。
「まず茶飲み」「ごはんあるで」「当たり前やん」——よしこの外交スタイルは、何も変わりません。保護者会のPTA会長との交渉も、敵国との和平交渉も、やることは同じ。お茶を出して、お菓子を出して、座って話す。それだけ。
でもメルはわかっています。「計算ではない。天然。だから対処のしようがない」。よしこの「武器」は善意の無防備さです。カインが焼き菓子を5つ食べた時点で、もう外交的な駆け引きは機能していない。——それが、よしこの勝ち方です。勝とうとしていないからこそ、勝つ。
裏で外交文書を完璧に仕上げたメル。目が赤いまま二箇所の修正を入れたヴェルザ。よしこの「なんとかなるやろ」は——この二人がいるから成り立っています。
次回、第59話「真名の秘密」。古文書の解読が進みます。
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