第三師団の使者
2026年2月22日
2026年2月22日
◆ドルガ視点
城門に——伝令が来た。
朝飯を食っている時だった。ティアが「ご報告です」と食堂に入ってきて、尻尾をぱたぱたさせながら言った。
「第三師団より使者が参りました。——副官グラン殿です」
パンを持つ手が止まった。
——グラン。
俺の副官。200年以上、俺の隣で戦った男。真面目で、堅物で、命令にはどこまでも忠実。
手紙を——読んだのか。
「……通せ」
立ち上がった。椅子が鳴った。
「ドルガさん、パン冷めるで(^^)」
よしこが言った。皿にはガルドの焼いたパンが山盛りになっている。
——今はそれどころではない。
「……後で食う」
「ほな、温め直しとくな(^^)」
食堂を出た。
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◆レオン視点
城門の前に——魔族が一人、跪いていた。
身長は190cmほど。ドルガよりは小さいが、人間基準なら十分にでかい。短い灰色の髪。額に一本角。全身に魔王軍の軍装。背筋がまっすぐ伸びている。
——ガチガチに緊張している。
ドルガが城門から出た。
俺はその後ろから——覗いた。
「——四天王殿!」
魔族が——額を地面に打ちつけるように頭を下げた。
「第三師団副官グラン、参上いたしました! お手紙を拝読し——ご報告に参りました!」
声が大きい。城壁に反響した。
「……立て、グラン。地面に頭をつけるな」
ドルガが——腕を組んで言った。いつもの威圧的な声。だが怒っている感じではない。
「は、はっ!」
グランが立ち上がった。——赤い目が、ドルガを見ている。
それから——ドルガの後ろにいる俺を見た。
「…………」
固まった。
「……人、間……?」
「ああ。小僧だ。気にするな」
「小僧じゃねぇっつーの」
グランの目が——限界まで見開かれた。
四天王の城に、人間がいる。しかも四天王に向かって口答えしている。——そりゃ驚くだろう。
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◆ドルガ視点
グランを城の中に入れた。
廊下を歩く。グランは俺の3歩後ろをついてくる。200年変わらない距離感だ。
「……四天王殿。お手紙を拝読いたしました」
「……ああ」
「……その……四天王殿が『パンが美味い』と……何かあったのかと」
立ち止まった。
振り返った。
「……何があったと思ったんだ」
「い、いえ——四天王殿が食事について言及されたことは200年間で一度もなく——お手紙の文面から、何か尋常ではない事態が発生したのではないかと——第三師団一同、大変心配いたしまして——」
——あの一文で心配して飛んできたのか。
「フン。……心配は無用だ」
「は、はっ……しかし——」
グランの鼻が——ぴくりと動いた。
「……この匂いは……」
「パンだ」
「……ぱ……パン、でございますか」
「ああ。朝、焼いた」
グランが——また固まった。
パンの匂いが廊下に漂っている。ガルドが朝早くから焼いたやつだ。小麦の甘い匂い。バターの匂い。——先代の時代、この廊下にこんな匂いはなかった。
歩いた。
食堂に向かった。
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食堂の前で——グランがまた止まった。
中から——声が聞こえたからだ。
「ガルドくん、お皿こっちー」
「は、はい! 今持っていきます!」
「トールくんもおかわりいる?」
「……3杯目、いいですか」
「いくらでもあるで(^^)」
人間の子どもの声。——と、よしこの声。
グランが俺を見た。目が「説明を求めています」と言っている。
「……入れ」
食堂の扉を開けた。
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◆レオン視点
グランが——食堂に入った瞬間の顔を、俺は一生忘れないと思う。
目が見開かれ、口が半開きになり、一本角がびくりと揺れた。
テーブルの上——パン。スープ。サラダ。果物。ガルドが焼いたパンが山盛り。
テーブルの周り——ガルドとトールが並んで座っている。体格がほぼ同じ。二人とも皿にパンを山積みにしている。ティアが飲み物を注いでいる。よしこがスープの鍋を持って「おかわりどうぞ(^^)」と言っている。
——魔王城の食堂。
「し……四天王殿……これは……」
「飯だ」
「め、飯……で、ございますか」
「ああ。——座れ。お前の分もある」
「わ、わたしの……分……?」
ドルガがグランの肩を掴んで、椅子に座らせた。有無を言わさず。
よしこがすぐに皿とスプーンを持ってきた。
「あら、お客さん? ドルガさんのお友達?(^^)」
グランが——硬直した。
魔王に「お友達」と呼ばれた。いや正確には「ドルガのお友達」と。
ドルガの赤い目がぎろりとよしこを見たが、何も言わなかった。
「部下だ。……副官のグラン」
「グランさん? ようこそ(^^) お腹すいてない?」
グランが——俺を見た。助けを求める目だ。
知らん。俺もこの城に来た初日は同じ顔をしていた。
「は……初めまして。第三師団副官グラン……で、ございます……」
「グランさん、遠くから来たんやろ? まず食べ(^^)」
よしこがスープをよそった。ニンジンの甘い匂い。
グランの目の前に——湯気が立つ皿が置かれた。
「…………」
グランが——スプーンを持った。手が震えている。
「……こ、これは毒では……」
俺とドルガが同時にグランを見た。
——まぁ、そう思うわな。敵地で出された飯だ。先代の時代なら考えられない。
「毒じゃねぇよ」
俺が言った。ガルドも首を振った。トールも首を振った。
「ドルガさんも毎日食べてるで(^^)」
よしこが笑った。グランがドルガを見た。ドルガが——目を逸らした。
「……食え、グラン。命令だ」
「は、はっ!」
グランがスープを口に運んだ。一口。
——止まった。
「…………美味い……」
声が小さかった。
それからもう一口。もう一口。スプーンの速度が上がっていく。
——この城に来たやつは、みんなこうなる。
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◆ドルガ視点
グランが——食った。
スープを3杯。パンを5つ。サラダも平らげた。
ガルドが「えへへ、僕が焼いたんです」と言うたびに、グランの目が丸くなった。人間の少年が、魔王城でパンを焼いている。——200年の常識が、音を立てて崩れている。
トールが隣で黙々と4杯目のスープを飲んでいる。グランはその巨体を何度もちらちら見ていた。人間の戦士が、魔族と同じテーブルで飯を食っている。
「……四天王殿」
「なんだ」
「……城が……変わり、ましたな……」
「フン。……そうだ」
テーブルの向こうで、よしこがガルドとトールのパンの食べ比べをさせている。「ガルくんのは塩気が効いとる。トールくんのはバター多めやな(^^)」。二人が「えへへ」と笑っている。
——先代の城では、こんな光景は一度もなかった。
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食後。
グランを城内に案内した。レオンも後ろからついてきた。
「ここが食堂。毎日3食出る」
「……3食……」
「ここが厨房。ガルドとトールが交代で焼いている」
「に、人間が……厨房に……」
「ここが中庭。最近花壇を作った」
「……花壇……」
グランが——何を見ても絶句している。
城の廊下に洗濯物が干してある。窓辺に花が飾ってある。食堂のテーブルには布がかけてある。
200年前の魔王城は——黒い石と冷たい空気しかなかった。
「……四天王殿」
「なんだ」
「……手紙に書かれていた『にんげんのこどもがいる』……は、これでございますか」
「ああ。レオン、リーゼ、ガルド。ティア、シオン、トール、ミーナもいる」
「……7人も……」
レオンが後ろで「子どもじゃねぇ」とぼそっと言った。
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部屋に戻った。俺の部屋。
グランに椅子を出した。
「グラン。報告をしろ。第三師団の状況は」
グランが——姿勢を正した。副官の顔に戻った。
「はっ。第三師団、千名。待機命令を遵守しております。死傷者なし。食料は備蓄で賄っておりますが——」
一瞬、言い淀んだ。
「——士気が、やや低下しております。四天王殿が長く不在のため」
「…………」
「部下一同、四天王殿のご帰還を——お待ちしております」
グランの赤い目が——まっすぐ俺を見ている。
「……そうか」
立ち上がった。机の引き出しを開けた。
中から——紙を取り出した。
手紙。俺が書いた返事。字で書いた返事。
「……これを持っていけ」
グランに渡した。
グランが——紙を開いた。
「…………」
大きな字。ひらがな。一文字一文字が丁寧で、少し歪んでいて、力が入りすぎてところどころ紙が凹んでいる。
「……これは……四天王殿の……字……?」
「……悪いか」
「い、いえ……四天王殿が、字を……」
グランの手が——震えた。
200年仕えてきた。ドルガが字を書けないことは、グランが一番知っている。報告書は全てグランが代筆した。命令書もグランが書いた。ドルガは印を押すだけだった。
それが——字を書いている。
「……読んでみろ」
グランが——読んだ。声に出して。
「……『ぐらんへ。おれはげんきだ。しんぱいするな。まおうじょうはへいわだ。めしがうまい。ぱんもやいた。おまえたちもげんきでいろ。もうすこしまて。ドルガ』」
声が——途中から震えた。
「……四天王殿……」
「フン。——下手くそな字だ。笑うなよ」
「笑いません。——笑い……ません……」
グランが——目頭を押さえた。
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◆レオン視点
ドルガの部屋の外で——壁にもたれていた。
中の声が、少し聞こえた。
グランの声が震えていた。——泣いてるのかもしれない。
……あのひらがなの手紙。「ぱんもやいた」。
ドルガが一文字ずつ書いた、あの字。
部下に届いた。
少し——笑った。声は出さなかった。
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◆ドルガ視点
夕方。
ガルドとトールが——腕を振るった。
歓迎の食事。グランのために。
テーブルの上に——パンが3種類。ガルドの定番の丸パン。トールが挑戦した平たいパン。そして——俺が焼いたパン。不格好で、左右非対称で、こげが少しある。
「……ドルガさんのも出すの?」
ガルドが心配そうに聞いた。
「出す。俺が焼いた」
「……あ、あの、こげてるところは——」
「食える。問題ない」
グランが席についた。目の前に——料理が並ぶ。
パン。シチュー。焼いた肉。サラダ。果物。蜂蜜のかかったビスケット。
先代の時代の配給とは——比べものにならない。
「い……いただきます」
グランが——手を合わせた。よしこに教わったのか。いや、食堂で周りを見て真似たのだろう。
食べた。
パンをちぎった。口に入れた。
——止まった。
「……美味うございます」
「フン。ガルドのパンだ。当然だ」
「い、いえ——こちらの……少し焦げた……」
——俺のパンを指さしている。
「……これは、四天王殿が?」
「ああ」
「四天王殿が……パンを焼いておられるとは……」
グランの声が——また震えた。
「フン。悪いか」
「い、いえ! ……美味うございます」
食べた。もう一口。もう一口。
——グラン。お前、200年俺の副官をやって、一度も「美味い」と言ったことがなかったな。配給の干し肉を黙って食っていた。
「グラン。報告はここまでだ。——もう一杯食え」
「は……はい。しかし四天王殿、まさかパンを焼いておられるとは……」
「二度言うな。——フン」
ガルドが「えへへ、ドルガさん上手になりましたよね」と笑った。
トールが「……俺もまだ焦がします」と小さく言った。
レオンが向かいで黙ってパンを食っている。
グランが——周りを見た。
四天王と人間の子どもたちが、同じテーブルで飯を食っている。笑っている。パンの焼き加減を論じている。
200年前では——ありえなかった光景。
「……四天王殿」
「なんだ」
「……お手紙の通りでございました。魔王城は——変わりましたな」
「…………ああ」
パンをもう一つ取った。ガルドのやつ。うまい。——悔しいが、俺のより上手い。
「……変わった。——悪くない」
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◆レオン視点
食後。
グランが食堂を出る時、ドルガに深く頭を下げた。
「四天王殿。明朝、帰陣いたします。——第三師団一同に、報告いたします」
「ああ。——伝えろ。『ドルガは元気だ。パンが美味い』」
「はっ……お伝えいたします」
グランが——また目を押さえた。
200年仕えた上官が「パンが美味い」と言っている。——そりゃ泣くわな。
グランが廊下を歩いていった。ティアが客室に案内している。「お布団、ふかふかのを用意しましたので(^^)」。グランが「は、はい……ふ、ふかふか……」と困惑している。
ドルガが——腕を組んで、その背中を見ていた。
「……ドルガ」
「なんだ、小僧」
「……よかったな」
「何がだ」
「手紙。届いたじゃねぇか」
ドルガが——フン、と鼻を鳴らした。
だが——口の端が、少しだけ上がっていた。
「……当然だ」
——また「当然だ」だ。
ドルガの照れ隠し。もう慣れた。
---
【あとがき】
最後まで読んでいただきありがとうございました。
第67話「第三師団の使者」。ドルガの副官グランが魔王城にやってきました。
第62話でドルガが書いた手紙——「ぱんがうまい」。あの手紙を読んだ部下たちは、200年間一度も食事について言及しなかった上官が「パンが美味い」と書いてきたことに大変心配したわけです。何かとんでもないことが起きたのではないかと。
実際にとんでもないことは起きています。魔王城に人間の子どもがいて、四天王がパンを焼いていて、全員で「いただきます」を言っている。——グランにとっては異世界転生レベルの衝撃です。
「これは毒では……いえ、美味い」のくだりは、かつてのレオンやカインと同じ反応ですね。この城に来た人は全員、最初は警戒して、食べたら黙る。よしこの飯にはそういう力がある。
ドルガが字で書いた返事をグランに渡すシーン。200年間、ドルガの代筆をしてきたグランだからこそ、あの不格好なひらがなの重みがわかる。グランの涙は、読者の涙でもあると信じています。
次回、第68話「ミーナが泣く日」。静かな回です。お茶の時間に、ただ泣く。
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