花壇
2026年2月22日
2026年2月22日
◆よしこ視点
朝。中庭に立った。
手には、種の袋。ティアちゃんが城下の魔族の村から取り寄せてくれたやつ。赤い花と、白い花と、青い花。名前はわからない。この世界の花やから、前世の図鑑には載ってへん。
——でも、きれいな花なのは間違いない。ティアちゃんが「とても丈夫な花です。冬を越しても枯れません」と言っていた。
中庭の隅に、前に作った小さな花壇がある。よしこが来てすぐに、なんとなく作ったやつ。土を掘って、石を並べて、花を数本植えた。我ながら適当や。
——でも今日は、ちゃんとやろうと思う。
机の引き出しに入れてある紙を——今朝もう一度読んだ。
先代の遺書。メルちゃんとリーゼちゃんが解読してくれた、最後のページ。
「城に花を植えたかった」
種を買いに行く場所がわからなかったから、やめた。
——この一文が、ずっと引っかかてた。
買いに行く場所がわからない。
聞ける相手がいない。
「花がほしい」と言えない。
300年。この城の主やったのに。「花がほしい」って一言が言えへんかった人。
(……しんどかったやろなぁ)
種の袋をぎゅっと握った。
「ほな——植えよか(^^)」
声に出して言った。誰に言うでもなく。
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◆ヴェルザ視点
中庭に出ると——魔王様が、土を掘っていた。
エプロン。軍手。膝に泥。魔王のローブは脱いで、柵にかけてある。
「魔王様。……何を、されておいでですか」
「花壇(^^)」
「花壇」
「うん。もうちょっと広げよう思て(^^) ヴェルちゃんも手伝って」
——ヴェルザでございます。
と言おうとして、やめた。もう70回目だ。訂正が効いた試しがない。
「何をすればよろしいでしょうか」
「土、掘って(^^)」
魔王様が小さなスコップを差し出した。
受け取った。軍服の袖をまくった。
——先代の時代に、土を掘ったことがあっただろうか。
ない。300年間、一度もない。
膝をついた。土を掘った。硬い。中庭の土は長年踏み固められている。城が建てられてから数百年——花を植える者がいなかったから当然だ。
「先代は花を植えたかったんやて」
魔王様が——隣で土を掘りながら言った。
「遺書に書いてあったやろ。『城に花を植えたかった』って(^^)」
「……はい」
「ほな、わてが植えたるわ。300年遅れたけど、間に合うやろ(^^)」
——間に合う。
先代はもういない。花を見ることはできない。
それでも——間に合うのか。
「……間に合います」
声が出た。自分でも驚くほど——まっすぐな声が。
「先代も——喜んでいるでしょう」
土を掘った。深く。硬い土が、スコップで砕ける。
先代の城では——土を掘る理由は、墓を掘るか、防壁を築くか。どちらも戦のためだった。
花のために土を掘るのは——300年で、初めてだ。
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◆よしこ視点
ヴェルちゃんと二人で土を掘っていたら——足音がした。重い足音。
「……何をしている」
ドルガさん。腕を組んで、中庭の入口に立っている。赤い目が——こちらを見ている。
「花壇(^^) ドルガさんも手伝って」
「花壇だと。……フン。俺に土仕事をさせるのか」
「石、運んでほしいねん(^^) あそこのでっかい石、花壇の縁にしたいんやけど、重くて」
指差した先に——中庭の端に転がっている石がある。城壁の補修用に置いてあった石材。大人二人でも動かせないくらいの石が何個か。
「……チッ」
ドルガさんが——鎧の上着を脱いだ。上半身の筋肉がむき出しになった。
石に近づいた。片手で掴んだ。
——持ち上がった。人間なら三人がかりの石を、片手で。
「どこだ」
「あそこ(^^) 並べてくれる?」
ドルガさんが石を運んだ。ずん、と地面に置く。土が揺れた。
もう一個。もう一個。ずん。ずん。
「ドルガさん、丁寧に置いてな(^^) 花壇やから」
「フン。花壇に重機は不要か」
「重機ちゃうやん。ドルガさんやん(^^)」
「同じだ」
ヴェルちゃんが軽くため息をついた。
石が並んだ。四角い枠ができた。前の花壇の三倍の大きさ。立派な花壇の縁取り。
「ドルガ。揃っている」
「当然だ。石の配置くらい——フン」
ドルガさんの石の並べ方——きれいに等間隔だった。戦場で防壁を築いてきた人の、正確な目。
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もう一人——来た。
「……何やってんだ」
レオンくん。廊下から中庭を覗いている。
「花壇(^^) レオンくんも手伝い」
「……別に暇じゃねぇ」
「暇やろ(^^)」
「……」
ヴェルちゃんが「午前中に廊下をうろうろしていただろう」と言いかけて、レオンくんに睨まれてやめた。
レオンくんが——渋々、中庭に降りてきた。
「種、撒いてくれる?」
「……種?」
種の袋を渡した。赤い花と白い花と青い花。
「適当に撒いたらええよ(^^) 均等にね」
「適当なのか均等なのかどっちだよ」
「気持ちは適当に、配置は均等に(^^)」
「わけわかんねぇ……」
レオンくんが——種を手に取った。小さな種。指先でつまんで、掘り返した土の上に撒く。
一粒、一粒。丁寧に。
——レオンくん、不器用やけど丁寧やな。パンの食べ方は雑やのに。こういうとこは丁寧。
「レオンくん、上手やん(^^)」
「……別に」
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◆ヴェルザ視点
種が撒かれた。
赤と白と青の種が——まだ土の中で眠っている。何も見えない。ただの茶色い土。
だが——数週間後には芽が出る。数ヶ月後には花が咲く。
先代の命日は——あと二ヶ月と少し。
間に合うだろう。この世界の花は、強い。魔力を含んだ土で育つ花は、早く芽吹き、長く咲く。
魔王様が——じょうろで水をやっている。
ティアが厨房から持ってきた水。大きなじょうろ。中庭にぽたぽたと水の音がする。
「ヴェルちゃん、先代の命日っていつやったっけ」
「……聖歴427年、蒼月の第三週でございます。あと七十日ほどです」
「七十日。……咲くかな」
「咲きます。この品種であれば——五十日ほどで開花いたします」
「ほんま? よかった(^^)」
魔王様が笑った。泥だらけの手で。額にも泥がついている。
——魔王の威厳など、今日はどこにもない。ただの、花に水をやるおばさん——いや、魔王様だ。
ドルガが腕を組んで花壇を見ている。レオンが手についた土を払っている。
四人で——花壇を作った。
魔王と、四天王と、勇者が。
花壇を。
先代の時代では——ありえなかった。
先代の時代には花壇がなかった。花もなかった。土を掘るのは戦のためだけだった。
300年前。先代がこの中庭に立ったとする。
周りには誰もいない。灰色の石壁。風の音。自分の足音だけが響く城。
——花を植えたかった。
だが種の買い方を知らなかった。「花がほしい」と言えなかった。
今——四人がここにいる。
石を運んだ者がいる。土を掘った者がいる。種を撒いた者がいる。水をやる者がいる。
先代には——いなかった。
それだけの違いだ。やったことは同じ——花を植えたい。ただそれだけ。
違ったのは、言えたかどうか。そして——「手伝おうか」と言ってくれる者がいたかどうか。
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◆よしこ視点
花壇が——できた。
前より三倍大きくて、石の縁取りがきれいで、種がまんべんなく撒かれて、水がたっぷりかかった花壇。
四人とも——泥だらけ。
ヴェルちゃんの銀髪に泥が飛んでる。ドルガさんの腕が土まみれ。レオンくんの頬に泥がついてる。わても——まぁ、全身やろな。
「お疲れさま(^^) お茶にしよか」
ティアちゃんが——見計らったように、お盆を持って出てきた。
カップが五つ。温かい茶。それと、ガルくんが焼いたビスケット。
「ティアちゃん、ありがとう(^^)」
「は、はい……! 皆さま、お疲れさまです」
尻尾がパタパタ揺れている。
中庭のベンチに座った。四人——いや、ティアちゃんも入れて五人。泥だらけのまま。ベンチが汚れる。まぁええわ。後で拭いたらええ。
お茶を飲んだ。温かい。作業の後のお茶は——格別やな。保育園でも、運動会の準備のあとにみんなでお茶飲んだっけ。あの時も泥だらけやった。
「ドルガ。ビスケットを取るな」
「フン。一つだけだ」
「すでに四つ目であろう」
「……数えるな」
レオンくんが黙ってお茶を飲んでいる。種を撒いた手を見ている。土が爪の間に入っている。
「レオンくん、手ぇ洗っておいで」
「……後でいい」
「後でな(^^)」
先代の命日に——花が咲く。
赤と白と青。どんな花やろう。どんな形をしてるんやろう。楽しみやな。
カップを——一つ余らせた。五人で五つ。全部使った。
——あかん。もう一杯、淹れよう。
「ティアちゃん、もう一杯もらえる?」
「は、はい! すぐお持ちします!」
「ティアちゃんのぶんちゃうよ。——先代のぶん(^^)」
ティアちゃんが——止まった。
ヴェルちゃんが——こちらを見た。
「先代も一杯(^^) 花壇の前に置いとこ。お茶、好きやったかわからんけど——まぁ、温かいもんは誰でも嬉しいやろ」
ティアちゃんが——うなずいた。尻尾がゆっくり揺れた。
もう一杯のお茶が来た。湯気が立っている。
花壇の隅に——置いた。土の上。まだ芽は出ていない。何もない茶色の土の上に、温かいお茶が一杯。
「先代。——お茶、どうぞ(^^)」
声に出して言った。
「花、もうちょっと待ってな。ちゃんと咲くから(^^)」
風が——吹いた。中庭の風。春の手前の、まだ冷たい風。
お茶の湯気が——揺れた。
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◆ヴェルザ視点
お茶の湯気が——花壇の上で揺れている。
先代の分。
300年間——先代にお茶を淹れた者はいなかった。食事を運ぶ者はいた。だがお茶を——先代のために、先代が飲みたいかもわからないのに、「どうぞ」と言って淹れた者は——いなかった。
「ヴェルちゃん」
「……はい」
「先代のこと——ずっと覚えとってな(^^) わても覚えとくから。ヴェルちゃんから聞いた先代のこと、全部」
「…………」
花壇を見た。
何もない。まだ何も咲いていない。土と石と種だけの、ただの花壇。
だが——ここに花が咲く。
先代が植えたかった花が。
先代が言えなかった言葉の代わりに。
「……いただきましょう」
お茶のカップを持ち上げた。自分の分。温かい。
「先代の分も——いただきましょう」
隣で魔王様が「うん(^^)」と笑った。泥だらけの顔で。
ドルガが「フン」と鼻を鳴らして六つ目のビスケットを取った。レオンが黙ってお茶を飲んだ。ティアが全員のカップにお茶を足して回った。
花壇の上のお茶が——冷めていく。
だが——先代。
この城は、もう冷めません。
---
【あとがき】
最後まで読んでいただきありがとうございました。
第70話「花壇」。第60話で明かされた先代魔王の遺書——「城に花を植えたかった」。よしこの答えは「ほな、植えよか」でした。
先代は300年間、花を植えたかったのに、種の買い方がわからなかった。「花がほしい」と言えなかった。それは能力の問題ではなく、「頼める相手がいなかった」ということです。よしこは「植えよか」と言っただけ。でも隣にヴェルザがいて、ドルガが石を運んでくれて、レオンが種を撒いてくれた。先代との違いは、たったそれだけ。
ドルガが石を等間隔に並べるシーンが好きです。戦場で防壁を築いてきた正確さが、花壇の縁取りに活きている。剣のためではなく花のために、同じ技術が使われる。それがこの城の「今」です。
先代の分のお茶を花壇に置くシーン。飲む人はいません。冷めるだけです。でも——「温かいもんは誰でも嬉しいやろ」。よしこのこの一言に、この物語の全部が詰まっている気がします。
次回、第71話「グレイヴスの夜」。初めての敵側視点です。
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