王都の門
2026年2月22日
2026年2月22日
◆カイン視点
——王都の門が見えてきた。
白い城壁。聖教会の旗。門の前に衛兵が二人。秋晴れの空の下、門は堂々と聳えている。
王都に来て三日目の朝だ。
この国の首都。私が生まれ育った街。
私は——その門の前に立っている。
魔王を連れて。
「…………」
振り返った。
先頭に、よしこ。黒と紫のローブ。長身の美女。深紅の目。小さな角が二本。
——見た目だけなら、最強最悪の魔王だ。
その横に、ヴェルザ。銀髪のオールバック。金色の目。完璧な軍人の佇まい。
——四天王筆頭。実力は私の遥か上。
後ろに、ドルガ。210cm。赤黒い短髪。巨大な角。
——メルの幻影で角と肌色は隠しているが、この巨体は隠しようがない。
メル。紫のロングヘア——幻影で人間の外見に変えている。優雅な微笑み。
ピプ。外見は10歳の子ども——羽根と角を幻影で隠して、ただの子どもに見える。
勇者パーティ三人。レオン、リーゼ、ガルド。
総勢九名。
うち魔族が五名。
——この集団を、王都に入れなければならない。
「…………」
なぜ私は、この状況を「報告書に書けない」と思う前に「どうやって門を通すか」を考えているのだ。
いつの間にか——私は、この魔王の「遠足」の引率者になっていた。
---
門が近づく。
衛兵が、こちらに気づいた。
「止まれ! 身分を——」
衛兵の目が、私を見た。
「……カイン副長殿?」
「ああ。私だ」
「お帰りなさい。魔王城の調査は——」
衛兵の目が、私の後ろに移った。
「…………」
210cmの巨漢。
銀髪の軍人。
紫髪の美女。
10歳の子ども。
黒と紫のローブの長身美女。
「……あの、副長殿。後ろの方々は」
「——説明する。少し、長くなる」
「は、はぁ……」
「まず。後ろの長身の女性が——」
よしこが、ひょいと顔を出した。
「…………」
衛兵が固まった。
「……副長殿。今の方、関西——いえ。東方の訛りですか」
「気にするな」
「あの、もう少し詳しく説明を——」
「この方が」
私は、覚悟を決めた。
「——魔王ヴォルグラーナだ」
沈黙。
鳥の声。風の音。遠くで馬車が走る音。
「…………ま」
「魔王だ」
「ま、ま、ま——」
「魔王が門を——普通に歩いて——来た」
衛兵の顔が、凄まじい速度で蒼白になった。
「ちょ、ちょっと待ってください! 増援を——いや、聖騎士団に——いや、まず隊長に——」
「落ち着け。武装解除してここに来ている。話し合いに来たんだ」
「話し合い!? 魔王が!?」
「…………そうだ」
よしこが、衛兵ににこっと微笑んだ。
「遠くから来たんやけど、ええ天気やなぁ(^^) 王都って綺麗な街やね」
「…………」
衛兵が、私を見た。目が「助けて」と言っている。
「……副長殿。報告書にはなんと」
「私にも、わからん」
---
◆よしこ視点
王都。
——でっかい街やなぁ。
門をくぐったら、石畳の大通りが広がっとる。建物はみんな白い石で出来とって、屋根は赤い瓦。空が青くて、風が気持ちええ。
人がいっぱいおる。馬車が走っとる。どこかからパンの焼ける匂いがする。
「おお……」
ガルくんが目を輝かせとる。パンの匂いに反応したな。
「……大きい街」リーゼちゃんが呟いた。
「フン」ドルガくんが腕を組んどる。けど、目はキョロキョロしとる。
「すごーい! 建物いっぱい!」ピプが飛びそうになったんを、ヴェルちゃんが襟を掴んで止めた。
「飛ぶな。目立つ」
「えー」
カインくんが前を歩いとる。顔が険しい。そらそうやな、魔王を王都に連れてきてもうたんやから。
「カインくん」
「……何でしょうか」
「案内してくれへん?(^^) 王様に会う前に、ちょっと街を見たいんやけど」
「……今から謁見に向かうべきでは」
「ごはんも食べてへんのに会いに行ったら失礼やろ(^^) まず腹ごしらえや」
「…………」
カインくんが、深い溜息をついた。
「……あの市場であれば、食事は取れます」
「ほな、行こ!(^^)」
---
市場。
——天国か、ここは。
屋台がずらーっと並んどる。焼き肉の匂い、パンの匂い、果物の甘い香り。色とりどりの野菜が山積みになっとって、魚が氷の上に並んどる。
「ガルくん、見て見て! あのパン屋さん、すごいなぁ」
「は、はい! あの形、見たことないです……! 編み込み式の——えっと、工程が複雑で……すごい技術です……!」
ガルくんがパン屋の前で釘付けになっとる。目がキラキラや。
「おばちゃん、このパンなんぼ?(^^)」
「あら、お客さん。これは三銅貨ですよ」
「三銅貨!? ちょっと高いわぁ。二銅貨にならへん?(^^)」
「うーん……じゃあ二銅貨半で」
「ほな、三つ買うから六銅貨でどう?(^^)」
「……あんた、やるわね。いいわよ」
「やったぁ(^^)」
——値切り交渉、成功。
大阪のおばちゃんの交渉力は異世界でも通用するんや。
後ろでヴェルちゃんが頭を抱えとる。
「……魔王様。威厳が」
「パンは安い方がええやろ(^^)」
「……はい。それはそうですが」
---
リーゼちゃんが、果物屋の前で足を止めた。
「……これ。見たことない」
赤い実がなっとる。林檎みたいやけど、ちょっと形が違う。
「ああ、それは紅玉梨だよ。この時期しか採れないんだ」
「…………」
リーゼちゃんが、その実をじっと見つめとる。
「買ってみる?(^^)」
「……いい。お金が」
「わての奢りやで(^^)」
「…………」
リーゼちゃんが、小さく頷いた。
果物屋のおっちゃんが紅玉梨を一つ包んでくれた。リーゼちゃんがそれを受け取って、一口かじった。
「…………」
「どう?」
「……甘い」
それだけ。でも——口元が緩んどる。
---
ドルガくんが、串焼きの屋台の前に立っとる。
「……でかいな、このにぃちゃん」
屋台のおっちゃんが見上げとる。ドルガくん、幻影で角と肌色は隠しとるけど、210cmの巨体はどうにもならん。
「巨人族の方ですか?」
「……まぁ、そうだ」
「へぇ! 珍しいね。串焼き食べるかい? 大盛りにしとくよ」
「…………」
ドルガくんが、串焼きを受け取った。一口で半分食べた。
「……悪くない」
もう一本。もう一本。もう一本。
「あ、あの、にぃちゃん……もう十本目だけど」
「もう五本くれ」
「……はいよ」
屋台のおっちゃんが汗だくで焼いとる。ドルガくんが黙々と食べ続けとる。
——この人、ほんまによう食べるなぁ。
---
ピプがお菓子屋の前で動かなくなった。
「よしこ! これ! これ! この飴きれい!」
「あら、ほんまや。宝石みたいやなぁ(^^)」
「買って! 買って!」
「ピプ殿。市場で騒ぐな」ヴェルちゃんが眉をしかめとる。
「えー! だってきれいだもん!」
「一つだけな(^^)」
「やったー!」
ピプの羽根が——あかん。幻影で隠しとるけど、嬉しすぎて羽根がぱたぱたしとる。マントの下でもぞもぞ動いとる。
「ピプ。マント」メルが小声で注意した。
「あっ。ご、ごめん……」
ピプが慌ててマントを押さえた。危なかった。
---
レオンくんは、市場の端っこで壁に寄りかかっとる。
「レオンくん、何か食べへん?(^^)」
「……いい。腹減ってねぇ」
ぐぅ。
「…………」
「鳴ったで(^^)」
「うるせぇ」
「はい、串焼き(^^)」
「……勝手に買うなよ」
でも受け取った。一口食べた。二口目が早い。
「美味いか?(^^)」
「……普通」
三口目。もう食べ終わった。
「もう一本いる?(^^)」
「…………」
「素直に言ったらええのに」
「……一本だけ」
「はいはい(^^)」
---
メルちゃんが、香辛料の店で足を止めた。
「あら。これは珍しい調合ですわね」
「お目が高い! これは南方産の香辛料でね、肉料理に使うと——」
「ええ、存じておりますわ。ただ、この配合ですと少々辛みが勝ちませんこと? 蜂蜜を一匙加えると、まろやかに——」
「あんた、プロかい?」
「あら。ただの趣味でございますわ」
メルちゃんが扇子で口元を隠して微笑んどる。
——この人、香辛料にも詳しいんか。ほんまに何でも知ってるなぁ。
---
◆カイン視点
市場の隅で、私は壁に背を預けていた。
目の前の光景を——もう一度、確認する。
魔王が、パン屋と値切り交渉をしている。
四天王筆頭が、魔王の横で溜息をついている。
四天王第二席が、串焼きを十五本食べた。
四天王第三席が、香辛料屋と専門的な会話をしている。
四天王第四席が、飴を握りしめて満面の笑みを浮かべている。
勇者が、串焼きを食べている。
勇者の仲間の魔法使いが、果物を食べて「甘い」と言っている。
勇者の仲間の戦士が、パン屋の技術に感動している。
「…………」
これが——魔王と勇者パーティ。
世界の敵と、世界の英雄。
値切りをして。串焼きを食べて。飴を買って。
——報告書に、何と書けばいいのだ。
「副長殿」
部下の一人が、隣に来た。王都で待機していた部下だ。
「魔王城の調査報告、上層部に提出しましたが……」
「何と言っていた」
「……『信じられない。書き直せ』と」
「……そうか」
「副長殿。あの……本当に、あれが魔王なのですか」
私は、市場を見た。
よしこが——パン屋のおばちゃんと笑い合っている。「あんた面白い人やねぇ」「ほんま? 嬉しいわぁ(^^)」
「……あれが、魔王だ」
「…………」
「事実だけを報告する。それが我々の仕事だ」
「はい。しかし——事実が、一番信じてもらえません」
「……知っている」
---
◆よしこ視点
市場の食べ歩き、堪能した。
ガルくんは編み込みパンの作り方を教えてもらって、メモしとった。字の練習の成果や。
リーゼちゃんは紅玉梨をもう一つ買っとった。自分のお金で。
ドルガくんは串焼き屋のおっちゃんと友達になっとった。「また来いよ、にぃちゃん!」「……フン」
ピプは飴を五個買うてもうた。「一つだけ」って言うたんやけどな。
メルちゃんは香辛料を三種類買って、ガルくんにプレゼントしとった。「料理に使いなさいな」「あ、ありがとうございます……!」
レオンくんは串焼き三本食べた。「一本だけ」って言うたんやけどな。
ヴェルちゃんは——何も買わんかった。ずっと周囲を警戒しとった。
「ヴェルちゃん」
「ヴェルザです」
「はい、蜂蜜飴(^^)」
「…………」
「食べて。ずっと立ちっぱなしで疲れたやろ」
「……かしこまりました」
ヴェルちゃんが蜂蜜飴を受け取った。口に入れた。
——表情は変わらへん。でも、肩の力が少しだけ抜けた。
「……美味でございます」
「せやろ(^^)」
---
さて。
お腹も膨れた。
みんなの顔に、少しだけ笑顔が戻った。
昨日の——あの朝の空気が、少しだけ薄まった。
でも。
消えてへんのは、わかっとる。
わての中にも、まだある。
あの怒り。あの数字。ゼロ。
消したらあかん。消したらあかんけど——今は、しまっとく。
——さて。
「カインくん」
「……はい」
「王様に会いに行こか(^^)」
「…………」
カインくんが、背筋を伸ばした。
「——ご案内いたします」
「おおきに(^^)」
わては——みんなの顔を見た。
ヴェルちゃんが頷いた。
ドルガくんが腕を組んだ。
メルちゃんが扇子を開いた。
ピプが飴を口に入れた。
レオンくんが壁から離れた。
リーゼちゃんが紙束を——あの紙束を、懐にしまい直した。
ガルくんが、拳を握った。
全員おる。
ほな——行こか。
「暴力で解決せぇへん。話し合いに行くんや(^^)」
王都の大通りを、歩き出した。
魔王と、四天王と、勇者パーティ。
九人の遠足が——もう少しだけ、続く。
——大通りの先に、王城の白い尖塔が見えた。
---
【あとがき】
最後まで読んでいただきありがとうございました。
第32話「王都の門」。
前回の「勇者の値段」が重かった。だから今回は、息抜き回です。
よしこが市場でパン屋のおばちゃんと値切り交渉する。ドルガが串焼きを十五本食べる。ピプが「一つだけ」の約束を守れない。レオンが「腹減ってない」と言った直後にお腹が鳴る。
コメディです。
でも、消えてないんです。あの怒りは。あの数字は。よしこの中にも、みんなの中にも。
リーゼが紅玉梨をもう一つ買った。自分のお金で。「食べること」を選べるようになった子が、自分で食べたいものを買う。それだけのことが、あの孤児院を見た後だと、泣けるんです。
そしてカイン。この男は「報告書に何と書けばいいのだ」とずっと困っています。事実をそのまま書いたら「書き直せ」と言われる。でも事実は事実。彼はこの後、王都で大変なことになります。
次回、第33話。いよいよ王様に会いに行きます。
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