この子も
2026年2月22日
2026年2月22日
◆よしこ視点
食堂の窓から見える木々が、少しずつ色づいてきとる。朝晩は冷え込むようになった。秋が深まってきたな。
食堂にお客さんが増えた。
3人。白い鎧の子たち。
一番前の男の子——シオンくん。黒い髪を短く切りそろえて、灰色の目をしている。表情がない。声にも色がない。報告書みたいにきっちりした喋り方をする。
後ろの女の子——ミーナちゃん。金髪で、きれいな顔をしてる。笑ってる。ずっと笑ってる。
——目が笑ってない。
わかる。保育園で40年おったら、わかる。
「笑いなさい」って教えられた笑顔や。自分で笑い方を選んだんちゃう。大人が決めた「正しい顔」を貼り付けとる。
大きい子——トールくん。ガルくんと同じくらいでかい。185cmはあるな。赤銅色の短い髪。まっすぐな目。でも——硬い。体も、顔も、全部強張ってる。
この子ら——。
レオンくんたちがボロボロで魔王城に来た日を思い出す。
あの子らは——怒ってた。怯えてた。意地張ってた。でも生きとった。感情が、あった。
この3人は——静かすぎる。
機械みたいに正確で、きれいで、整ってて。
でもそれは「ちゃんと育てられた」やない。
「ちゃんと作られた」や。
——あかん。泣きそう。
泣くのは後や。今はごはん。
ごはんは万能やねん。保育園でも、泣いてる子も怒ってる子も、温かいスープを出したら一回止まる。
「はい、座って座って(^^) ティアちゃん、お皿3つ追加してくれる?」
「は、はい! 今すぐ……!」
ティアちゃんが尻尾パタパタさせながら食器を並べる。この子もよう気がつく子や。
シオンくんは立ったままだ。聖剣を腰に差して、直立不動。
「座りぃや。立って食べる子はおらんよ(^^)」
「……これは作戦の一環ですか」
「作戦って何の話? シチューが冷めるよ(^^)」
ヴェルちゃんが食堂の入り口で腕を組んで立っている。目が「自分はもう何も言いません」って言うてる。300年仕えてきた四天王も、もう慣れたんやな。
レオンくんが先にテーブルについた。いつもの席。
「おい。座れよ。立ってたら邪魔だ」
「……先代勇者殿。自分たちは敵対——」
「うるせぇ。飯の前に敵も味方もねぇんだよ。あのおばちゃんがそう決めた」
レオンくんがシチューの器を手に取った。湯気が立つ。
——あの子も最初はこうやった。
「俺は勇者だぞ!」って吠えて、腕組みして、座らへんかった。
でもシチューの匂いがしたら——座った。
「トール。ミーナ。座る」
シオンくんが言った。命令口調。でも——座った。
自分から。
よっしゃ。一歩目。
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◆ミーナ視点
席に着いた。
木のテーブル。木の椅子。壁に魔法灯が灯っている。温かい色の光。
食堂だ。
教会にも食堂はあった。石のテーブル。石の椅子。光源は小さな窓だけ。食事は一日二回。冷たいパンとスープ。「栄養は回復魔法で補えます。食事は最低限で構いません」と教わった。
——ここは違う。
匂いが違う。
何かが煮込まれている。玉ねぎ。にんじん。じゃがいも。肉。知っている食材。でも——組み合わさると、こんな匂いになるのか。
知らなかった。
魔王が——エプロンをしている。
黒と紫のローブの上に、白いエプロン。違和感しかない。わたしの常識では、魔王はエプロンをしない。だが目の前の魔王は、大きな鍋から木のおたまでシチューをよそっている。
「はい、ミーナちゃん(^^)」
皿が目の前に置かれた。
茶色いシチュー。湯気。
訓練が言う。毒物検査。味覚分析。敵の食事を無警戒に摂取してはならない。
「……あの。毒の可能性を分析——」
「毒なんか入れへんよ(^^) 先にレオンくんが食べとるやろ」
向かいの席で、赤毛の少年——先代勇者がシチューをすすっている。任務対象のはずだ。まだ警戒を解くべきではない。でも——食卓の上の先代勇者は、ただの少年に見えた。隣の銀髪の少女——リーゼ殿が、静かにパンをちぎってシチューに浸している。その隣に、大きな少年——ガルド殿。
ガルド殿がトールの方を見ていた。トールもガルド殿を見ていた。二人の体格がほぼ同じだ。180cm台後半。がっしりした体。
「……3杯目、いいですか」
トールの声だ。——もう食べている。いつの間に。皿が空だ。
「もちろん(^^) おかわりは何杯でもええよ。ガルくんもそうやったなぁ」
「……あ、あの……僕は4杯でした……」
ガルド殿が小声で言った。顔が赤い。
トールが3杯目のシチューを受け取った。湯気の向こうで、トールの顔が——緩んでいる。任務中には見たことのない表情だ。
シオン隊長はまだ食べていない。
皿の前で座ったまま、シチューを見ている。灰色の目が、湯気を追っている。
「冷めるよ(^^)」
魔王がシオン隊長の横にしゃがんだ。また、しゃがんだ。
なぜこの人はしゃがむのだ。
魔王は上から見下ろす存在のはず。教会ではそう教わった。魔族の長は傲慢で、残虐で、人間を見下す。
なのに——目線を合わせている。
「……毒物の検査が必要です」
「ほな匂いだけ嗅いでみ(^^)」
シオン隊長が——匂いを嗅いだ。
鼻が微かに動いた。本当に微かに。
でもわたしは見た。
シオン隊長のスプーンが動いた。
一口。
咀嚼。
「……分析結果。毒物は検出されません」
「そうやろ(^^)」
「味覚情報。……温度、適正。塩分、適正。——」
シオン隊長の声が、止まった。
「——おいしい……?」
疑問形だった。自分の感覚に、名前をつけられないように。
「おいしいなぁ(^^) ガルくんの特製シチューやからな」
「あ、あの……えへへ……」
ガルド殿が照れている。
わたしは——まだ食べていない。
皿を見ている。湯気を見ている。
スプーンを持った。手が——震えている。なぜ。回復魔法の使いすぎでもない。疲労でもない。これは——。
一口。
温かい。
……温かい。
教会のスープは冷たかった。栄養を摂取するためのもの。温度は重要ではないと教わった。味も重要ではない。回復魔法で補えるから。
でも——これは。
「……このスープ、温かい、ですね……」
声が出た。自分でも予想しなかった声だ。
いつもの声じゃない。「正しい報告」の声じゃない。
笑っている。いつも通り笑っている。教わった通りの笑顔だ。
なのに——目から何か落ちた。
え。
涙が出ている。笑顔のまま。笑顔が崩れない。崩し方を知らないから。でも涙が止まらない。教わってない。こんなの教わってない。
「あ、いえ。何でもありません。任務に支障は——」
「ミーナちゃん」
魔王が——わたしの前にしゃがんだ。
深紅の目。怖い目のはずだ。魔王の目だ。
なのに——温かい。スープみたいに温かい。
「無理してへん?(^^)」
——訓練が。崩れる。
14年分の「泣くな」「笑え」「任務に集中しろ」が、この一言で——。
「……わたしは、大丈夫——」
「大丈夫やなくてもええんよ(^^)」
笑顔のまま、泣いた。
崩し方がわからないから、笑ったまま泣いた。
スープの湯気で誰にも見えないと思った。でも——見えているのだろう。この人には。
リーゼ殿が立ち上がった。静かに、パンを一切れ、わたしの皿の横に置いた。
「……シチューに浸すと美味しい」
それだけ言って、座った。
——なんだ、この城は。
魔王がしゃがむ。勇者がおかわりする。前衛が料理を作る。魔法使いがパンを勧める。侍女の尻尾がパタパタする。
わたしは笑顔のまま泣きながら、パンをシチューに浸した。
温かかった。
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◆よしこ視点
食事が終わった。
トール、4杯。ガルくんの記録に並んだ。ガルくんが「ぼ、僕の記録が……」って悔しそうにしてた。悔しがるところそこちゃうやろ。
シオンくんは1杯を完食した。静かに。表情は変わらなかった。でも——皿は空だった。残さなかった。
ミーナちゃんは——泣いた。
笑いながら泣いた。
あの泣き方、知ってる。保育園にもおった。「泣いたらダメ」って教わった子。泣き方がわからへんから、笑顔のまま泣く。
——大丈夫。
今日すぐには無理や。でも、ちゃんとごはんを食べて、温かいもの飲んで、安全な場所で眠れたら。
いつか、ちゃんと泣ける日が来る。
リーゼちゃんがパンを渡してたのが——よかった。
あの子も最初は食べへんかった。今はおかわりする。
人は変われる。ごはんの力を舐めたらあかん。
ヴェルちゃんが後片付けの指示を出してる。ティアちゃんが皿を下げてる。日常が回ってる。
シオンくんが立ち上がった。
「……食事は完了しました。作戦を再開——」
「今日はもう遅いやろ(^^) 客間用意するから泊まっていき」
「自分たちは敵——」
「敵とか味方とか、そういうのは明日の朝考えよ(^^) ほら、ミーナちゃん泣き疲れとるやん。この子このまま歩かせるん?」
シオンくんがミーナを見た。
ミーナちゃんは椅子に座ったまま、目が赤い。笑顔は貼り付いたままだ。
「……宿営は任務遂行に必要な判断です」
「そうそう(^^) 任務のためや。ちゃんと寝なあかん」
シオンくんが少しだけ——ほんの少しだけ——眉を動かした。
困惑、だろうか。感情を消されてても、体は正直や。
「ヴェルちゃん、客間の準備お願い(^^)」
「……かしこまりました。……客間が足りるか確認いたします」
ヴェルちゃんのため息が聞こえた。でも足音は穏やかだ。怒ってへん。呆れてるけど、怒ってへん。
ティアちゃんがシーツを取りに走っていった。尻尾がピーンと立ってる。張り切っとるな。
さて。
明日の朝。
起きたら。
いつもの園児に加えて、新しい園児が3人。
シチュー、多めに作っとこ(^^)
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【あとがき】
最後まで読んでいただきありがとうございました。
第36話「この子も」。タイトルの「この子も」は、よしこの心の声です。レオンくんたちを見た時と同じ——「この子も、ごはん食べてへん」。
ミーナが笑顔のまま泣くシーン。このシーンが書きたくてArc4を始めたと言っても過言ではありません。
「笑いなさい」と教えられた子は、泣き方を忘れます。でも体は覚えています。温かいスープを飲んだ時、体が先に泣く。顔はまだ笑ったまま。表情の崩し方を知らないから。
リーゼがパンを差し出すシーンも大事でした。かつて「食べない」少女だったリーゼが、「食べ方」を教える側に回る。よしこの言葉はこうやって伝染していきます。
そしてトール4杯。ガルドの記録に並びました。次は5杯か。食堂のシチュー鍋が足りなくなる日も近いです。
次話「裏切り者」では、シオンがレオンに「あなたは任務を放棄したのですか」と問います。レオンが初めて「自分で選んだ」と答えます。
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