ピプの空
2026年2月22日
2026年2月22日
◆ピプ視点
ボク、空が好き。
飛ぶのが好き。羽根をぱたぱたして、ぐーんって高く飛ぶの。風がびゅーって来て、髪がぐちゃぐちゃになるけど、もともとぼさぼさだからへーき。
——でも。
一人で飛ぶのは、もう飽きた。
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朝。
食堂でレオンとガルくんとシオンがごはんを食べてた。よしこの作った目玉焼き。ガルくんが焼いたパン。シオンが並べたお皿。
ボクはもう食べ終わったから、テーブルの端に座って足をぶらぶらさせてた。
「ねぇ」
三人に声をかけた。
「なに」
レオンがパンをかじりながら言った。
「今日、ヒマ?」
「……ヒマってことはねぇけど」
「ヒマでしょ。レオン、午前中やることないでしょ」
「……なんでわかんだよ」
「ヴェルザが言ってた。『レオンは最近午前中に廊下をうろうろしている。何かさせた方がいい』って」
「うるっせぇ! うろうろしてねぇ!」
「してるでしょ」
「して——……多少は」
ガルくんが笑った。シオンは黙ってスープを飲んでいた。
「ガルくんは?」
「え、えっと……午前はパンの仕込みが終わったから……」
「ヒマだね!」
「あ、あの、ヒマというか……」
「シオンは?」
「……自分は、午前の鍛錬が終わりました」
「ヒマだ!」
「……否定はしません」
三人ともヒマ。
——よし。
「ボクと一緒に来て!」
「どこだよ」
「空!」
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中庭に出た。
四人で立ってる。ボクが一番ちっちゃい。レオンが170で、ガルくんが190で、シオンが160で、ボクが130。
——並ぶとボクだけ子どもみたい。子どもだけど。80歳だけど。
「ピプ、空って——お前が飛ぶのはわかるけど、俺たちは飛べねぇだろ」
「飛ばないよ。乗るの」
手を広げた。
空間魔法。ボクが一番得意なやつ。
足元に——光の円が広がった。
「ひゃっ」
「落ち着けよガルド」
「お、落ちないよね……?」
「落ちないよ。ボク、空間魔法の天才だもん」
「……根拠が主観的です」
「天才は天才だもん!」
足場が固まった。透明な床。四人が乗れる広さ。周りに結界の壁。薄く光ってる。
「これに乗って上がるの。大丈夫、結界あるから落ちないし、風も来ないし、寒くもないよ」
「……マジか」
「マジだよ! 行くよ!」
羽根をぱたぱたした。嬉しい。
だって——一人じゃないから。
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上がった。
ぐんぐん上がった。
魔王城の屋根が下になって、塔の先端が横になって、雲が近くなった。
「うおっ……!」
「す、すごい……!」
「…………」
レオンが端に寄って下を見た。ガルくんは真ん中でしゃがんでた。シオンは直立して、いつもの姿勢で立ってた。——でも目は大きく開いてた。
「ねぇ、見て見て!」
ボクは結界の壁に張りつくように指を差した。
真下に——魔王城。
黒い石造りの城。でっかい。ヴェルザが300年守ってきた城。ドルガが門番をして、メルが図書室を整えて、ボクが結界を張ってる城。
——でも、前と違う。
「ね、見える? 煙突!」
「……煙が出てるな」
「出てる出てる! いっぱい出てるの!」
煙突から白い煙が上がっていた。台所の煙。よしこがごはんを作ってる煙。
「あと——あれ!」
中庭に——洗濯物が干してあった。
白いシーツ。ガルくんのエプロン。リーゼのローブ。ティアの侍女服。ミーナの白衣。
風にぱたぱた揺れてる。ボクの羽根みたいに。
「ボク、前はここから見てもさみしかった」
言った。
三人が——ボクを見た。
「煙も出てなかったし。洗濯物もなかったし。城は黒くて、でっかくて、しーんとしてたの」
レオンが黙って聞いてた。ガルくんが立ち上がった。シオンの灰色の目が——ボクに向いた。
「ヴェルザはずっと城にいたけど、ヴェルザは怖い顔で書類を見てたし。ドルガは門の前に立ってたし。メルは図書室にこもってたし」
「ボクだけ——空を飛んでたの。ずっと」
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◆レオン視点
ピプが——笑ってなかった。
いつもぱたぱた飛び回って、おやつおやつってうるせぇ小さいのが。今は羽根を畳んで、結界の壁にもたれて、遠い目をしてた。
「ヴェルザとドルガとメルは大人でしょ」
「ボク、80歳だけどちっちゃいでしょ」
——80歳。こいつ、80歳なんだよな。
俺の四倍以上生きてる。それでも——見た目は子どもで、中身も子どもで。
「……ずっと、仲間に入れてもらえなかったの」
声が小さかった。
いつもの「ボク四天王だよ! 強いんだよ!」じゃない。ただの——さみしい声。
「ヴェルザは300歳でしょ。ドルガは250歳。メルは180歳。みんな大人。会議するでしょ、お茶飲むでしょ、難しい話するでしょ。ボクは——『ピプは遊んでいろ』って」
「遊んでていいよ、って——やさしく言うの。でもそれって、仲間に入れてもらえないってことでしょ?」
——。
俺は、何も言えなかった。
ガルドが——口を開いた。
「……俺たちも、最初はそうだったよ」
「え?」
ピプがガルドを見上げた。130cmから190cmを。
「俺は——体がでかいだけで、こわくて、戦えなくて。レオンとリーゼに『足手まとい』だと——いや、二人はそんなこと言わなかったけど。自分でそう思ってた」
「ガルくん……」
「魔王城に来て、よしこさんに『あんたはあんたでええ』って言われて——やっと、ここにいていいんだって思えた」
ガルドの声が震えてた。こいつ、こういう話になるとすぐ泣きそうになる。
「……シオンは?」
ピプが今度はシオンを見た。
「……自分は」
シオンが——少し間を置いた。
「教会では、仲間という概念がありませんでした。——同期はいましたが、それは仲間ではなく、同じ任務を遂行する単位です」
「それ、さみしくないの?」
「……わかりません。さみしいという感情を——自分は、ここに来るまで知りませんでした」
「知らなかったの?」
「知りませんでした。——ここに来て、皆と食事をして、初めて『一人で食べていた食事は寂しかったのだ』と気づきました」
シオンの灰色の目が——空を映してた。
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◆ピプ視点
——みんな、おんなじだった。
ガルくんも、シオンも。レオンも——たぶん。
「レオンは?」
聞いた。
「……俺?」
「レオンも、さみしかった?」
レオンが——そっぽを向いた。
「別に」
「うそ」
「うそじゃねぇ」
「うそだよ。レオン、よしこのシチュー食べた時、黙ったでしょ。あれ、さみしかったからでしょ?」
レオンが——黙った。
「……うるせぇ」
「やっぱりそうだ!」
「うるせぇっつーの……」
——レオンの声が、少しだけ柔らかかった。
---
おなかが空いた。
ボクは——鞄から包みを出した。
「じゃーん! おにぎり!」
「……お前、用意してたのかよ」
「よしこに頼んだの! 『空に行くからおべんと作って!』って!」
「……そのまんまだな」
包みを開けた。おにぎりが六個。のりが巻いてあるやつ。よしこが朝に作ってくれたやつ。
中身は——梅干しと、おかかと、味噌。ボクは味噌が好き。
「よしこの作ったやつー!」
おにぎりを持ち上げた。空に掲げた。太陽の光でのりがてかてかしてる。
「落とすなよ」
「結界あるから大丈夫ー!」
わざとおにぎりを結界の壁に投げた。ぽいんって跳ね返ってきた。
「ほらー! 落ちないー!」
「食いもんで遊ぶな!」
「遊んでないもん! 実験だもん!」
ガルくんが笑った。シオンが——少しだけ、口の端が上がった。
「はい、ガルくん梅干し。レオンはおかか。シオンは——」
「自分は何でも」
「じゃあ味噌! ボクと一緒!」
四人で——空の上で、おにぎりを食べた。
風がない。結界の中だから。でも、空が広い。雲が白い。太陽がぽかぽかしてる。
レオンがおにぎりをかじった。——黙った。
いつもの。美味しいものを食べると黙るやつ。
「レオン、美味しい?」
「……別に」
「美味しいくせに」
「うるせぇ」
ガルくんがもぐもぐ食べてた。目がきらきらしてた。
「これ……よしこさんの味噌、美味しいなぁ……」
「でしょー! ボクが一番先に味噌選ぶの!」
シオンが——おにぎりを両手で持って、じっと見てた。
「シオン? 食べないの?」
「……いえ。——形が、不揃いだと思いまして」
「よしこの握るおにぎり、ちょっとゆるいの。でもそれがいいんだよ!」
「……そうですか」
シオンが——一口食べた。
咀嚼した。飲み込んだ。
「……美味しいです」
言った。小さい声で。でも——ちゃんと言った。
---
食べ終わった。
四人で空の上に座ってた。足を投げ出して。
ボクは結界の壁に背中をつけて、下を見た。
魔王城の煙突から——まだ煙が出てた。お昼ごはんの準備。よしこが作ってるんだろうな。
中庭の洗濯物が揺れてる。ティアが干したやつ。
門の前にドルガが立ってる。ちっちゃく見える。ドルガがちっちゃく見えるの、面白い。
「ねぇ」
言った。
「今は——煙がいっぱい出てるの」
レオンが——隣に座ってた。空を見上げてた。
「よしこが来る前は、煙なんか出てなかった。台所、使ってなかったから。みんなバラバラにごはん食べてたの。ヴェルザは書類の間に干し肉かじって、ドルガは門番しながらパンかじって、メルは図書室でお茶飲んで。ボクは——飛びながらお菓子食べてた」
「……バラバラだな」
「バラバラだったの。——同じ城にいたのに」
ガルくんが——静かに聞いてた。
「でも今は、みんなで食べるでしょ。『いただきます』するでしょ。よしこが『おかわりある?』って聞くでしょ。ドルガが『フン』って言いながらおかわりするでしょ」
「するな」
「でしょ!」
羽根がぱたぱたした。嬉しくなると勝手に動くの。止められないの。
「だからボク、空から見てわかるの。煙が出てるって——みんながいるってことなの」
---
しばらく黙ってた。四人で。
空が青くて、雲が流れてて、下に魔王城があって。
「……ピプ」
レオンが——言った。
「なに?」
「……お前が空に連れてきてくれなかったら、この景色は見れなかった」
「当たり前でしょ! ボクしか飛べないもん!」
「……そういうことじゃねぇ」
レオンがボクの頭をぐしゃぐしゃ撫でた。もともとぼさぼさだからへーきだけど——。
「っ——なに!」
「別に」
レオンの手が——あったかかった。
「……えへへ」
ガルくんが笑った。シオンが——黙って空を見てた。
でも——シオンの口の端が、さっきよりもう少し上がってた。
「——帰ろっか」
ボクが言った。
「お昼ごはんの時間だし。よしこが呼ぶ前に帰らないと怒られるよ」
「怒られるっつーか——あの人の『廊下は走らない!』級の圧が来るのは勘弁だな」
「ですです! 前にボク、おやつの時間に遅れたら魔力がぶわーって——」
「……おやつで遅れるなよ」
「だっておやつだもん!」
足場がゆっくり下がり始めた。
空が遠くなる。城が近くなる。煙突の煙が——ちゃんと、まだ出てた。
——よしこ、お昼なに作ってるかな。
羽根がぱたぱたした。
---
【あとがき】
最後まで読んでいただきありがとうございました。
第66話「ピプの空」。
ピプは四天王の中で80歳——だけど他の三人は180歳以上の「大人」で、ピプだけがずっと子どもでした。「遊んでいろ」と優しく言われることは、見方を変えれば「お前はまだ入れない」ということでもあります。大人たちの輪に入れない子どもの孤独。
面白いのは、レオンもガルドもシオンも、形は違えど同じ経験をしていたこと。体が大きいだけで戦えなかったガルド。教会で「仲間」を知らなかったシオン。孤児院で一人だったレオン。——「仲間に入れてもらえなかった」は、ピプだけの話ではなかった。
空の上から見た魔王城に煙が出ていること。洗濯物が干してあること。それは「誰かがそこで暮らしている」証拠です。以前のピプには見えなかった景色——煙も洗濯物もなかった城が、今は生活の匂いがする場所になっている。
よしこは直接出てきませんが、おにぎりを通じてちゃんといます。いつもそう。よしこの手が届かない場所にも、よしこの作ったごはんが届いている。
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