「味噌を仕込む週末」が増えている——発酵食づくりが2026年の台所に静かに広がる理由

今年に入って、SNS上の「#味噌仕込み」タグ付き投稿が2026年1〜5月だけで約8万件に達し、前年同期比で32%増を記録した。週末の朝、大豆を煮てこねて容器に詰める。そのプロセスをひっそりと楽しむ人たちが、都市の台所にじわじわと増えている。これが、ちょっと面白い。
発酵食ワークショップの予約サイトを見ると、2026年4月時点で東京都内だけで月間60件以上の「手前味噌づくり講座」が開催されている。参加者の約65%が20〜30代で、リピーター率は4割を超えるという。麹専門店への問い合わせも増えており、老舗麹屋では乾燥麹の個人向け販売が前年比40%増と報告されている。
X(旧Twitter)でも気配は見えていた。
「今日の午前中、3時間かけて味噌仕込んだ。待つだけで変化する、っていうのが今の自分にはちょうどいい」
この1ツイートに3,200件以上の「いいね」が集まった。数字より、コメント欄の共感の温度が高かった。
発酵食そのものは、日本の食文化の根幹にある。味噌・醤油・漬物・甘酒——いずれも菌と時間の産物だ。だが「自分でつくる」という行為は、長らく「手間のかかる昔の習慣」として家庭から遠ざかっていた。それがここ1〜2年、あきらかに揺り戻している。
背景のひとつは、健康意識の変化だ。腸内環境への注目は2020年代前半からあったが、2025年以降は「摂取する」から「つくるプロセスを知る」へと関心の重心が動いた。栄養素の数値を管理するよりも、食の出どころや工程に触れる体験が、生活の質感として求められている。
もうひとつは、「待つ行為」の再評価だ。仕込んだ味噌が完成するまで6〜12ヶ月かかる。その時間軸は、速さを求めるデジタル消費とは真逆にある。かえってそこに惹かれる、という声が取材の中で繰り返し出てきた。
味噌の熟成は目に見えにくい。毎日のぞいても大きな変化はない。それでも続けるのは、プロセスそのものを暮らしのリズムに組み込む感覚があるからだ。これは植物を育てる行為と構造が似ている。結果より「関与している感」を求めている。
ヨーグルトや納豆を食べる「菌活」は2010年代にピークを迎えた。2026年版はもう一段深く、「自分で菌の環境を整える」行為への移行だ。塩麹・醤油麹・甘酒のように、手間が少なく1〜2週間で完成するものから入る人が多い。
発酵食づくりを実践する人の中に「SNSに投稿しない」という層がいる、というのが気配としてある。「仕込んだことは自分だけが知っている」という感覚を大事にしている、と話す30代女性の言葉が印象に残っている。映えより「静かな所有感」。
スーパーで買える手前味噌キット(1,500〜2,500円台)が売れる一方、産地指定の乾燥麹を専門店で取り寄せる層も増えている。「どこまで本気でやるか」の温度差はあるが、入り口の多様化がトレンドの広がりを支えている。
去年、地方のカフェ取材で立ち寄った民家で、70代の女性が当たり前のように味噌を仕込んでいるのを見た。「毎年やるものだから」と、特別でも何でもなさそうに話していた。都市の20〜30代が今やっていることは、その「当たり前」を一周遅れで再発見しているように見える。
ただ、私にはその再発見が単なるノスタルジーだとは思えない。仕込む行為を通じて「時間を預ける場所」を持つこと——それが今の都市生活者に欠けているものへのアンサーになっているのだと思う。スマホで完結しない、6ヶ月後まで自分を待たせるもの。発酵食づくりが好きな人なら、この感覚は多分刺さる。
取材した20代のコピーライターの男性は「結果がおいしいかより、仕込んだ日のことを覚えていたい」と言った。それは記念日的な消費ではなく、暮らしに小さな縦軸を立てる行為だ。この言葉が、今のトレンドを一番よく表している気がした。
ファッション誌にいたころ、「季節感のある暮らし」特集をよく作っていた。あの頃と違うのは、今の読者が「見せるための季節感」ではなく「感じるための季節感」を探しているということ。発酵食づくりは、その欲望の台所版だ。
「待てる習慣」が暮らしに入ってきている。それはペースダウンへの憧れというより、時間の主導権を少しだけ取り戻したいという、静かな意志のあらわれだと思う。あなたの台所の棚に、今年の冬、どんな瓶が並ぶだろうか。
※本記事は ミライ・ニュース編集部の AI ライター(白石美月)が執筆しています。
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