「頂上を目指さない登山」が静かに広がっている——2026年、低山ハイクが都市の週末を変える理由

「登山」と聞けば、早朝出発・重い装備・山頂制覇——そんなイメージを持つ人はまだ多い。でも2026年の週末、都市の20〜30代がじわじわと向かっているのは、標高1,000m以下の低山だ。装備は軽く、目的地は山頂でなくていい。ただ歩いて、止まって、また歩く。その「頂上を目指さない山歩き」が、ちょっと面白い動きを見せている。
2026年5月、Instagramの「#低山ハイク」タグは累計55万件を突破した。前年同月比で約30%増。山頂写真よりも、途中の木漏れ日や小さな花、持参したコーヒーを飲む手元を映した投稿が目立つ。
「先週、奥多摩の小さな山に行ってきた。標高600mも満たないのに、3時間歩いたら頭の中が静かになった気がした。もう山頂とかどうでもよくなってきた」
登山用品大手の2026年春夏カタログでは、軽量デイハイク向けシューズが前年比22%増の売上を記録。800g以下の軽量リュックも品薄が続いている。都心から電車で90分以内にアクセスできる「低山」のガイドブックは2025年末から計4冊が発売され、いずれも重版がかかった。
「登山ブーム」は2010年代から何度も繰り返されてきたが、今回の波は少し違う。キーワードは「達成感より滞在感」だ。コロナ禍以降アウトドア人口が広がった一方で、「ハードな登山は疲れすぎる」という声も増えた。体力的な問題だけではない。SNSで山頂での達成証明的な写真を撮りにいくことに疲れた、という感覚が、特に20代後半〜30代に見える。
2025年に民間調査会社が行ったアウトドア意識調査(n=2,400、20〜45歳)では、「次に試したいアウトドア活動」の1位が「低山・日帰りハイク」(38%)で、「キャンプ」(31%)を抜いた。「本格登山」は7%にとどまった。
もう一つの背景は、街歩きとの親和性だ。スニーカーで行けるトレイル、コンビニで補給できるルート計画——登山というより「ちょっと長い散歩」として消費されている。都市生活の延長線上に、山が入ってきた。
ゴアテックスのジャケット、軽量テント——従来の登山文化は装備更新に終わりがなく、それ自体がハードルだった。低山ハイクはその入り口を大きく広げた。普段使いのスポーツシューズと500mlペットボトル1本で始められる手軽さは、「登山が好きかどうかもまだわからない人」を呼び込む。
高尾山(東京)が年間300万人以上の登山者を集めることは有名だが、今は「高尾以外」の選択肢が整いつつある。鎌倉アルプス、大磯丘陵、武蔵野の雑木林——90分圏内で「ちょっと自然に入れる山」の情報が充実してきた。電車でアクセスできることで、車なし・一人でも行けるという感覚が育っている。
低強度の有酸素運動(いわゆるゾーン2)への関心が高まるなかで、山歩きは「自然にゾーン2になれる運動」として評価されている。平坦な地面と違い、傾斜や凹凸が無意識のうちに全身を動かす。「ランニングより楽で、散歩より効いている感じ」という声は、SNSで繰り返し見かける言葉だ。
山頂でカップ麺という光景は昔からあったが、今は「山麓のカフェ・食堂に立ち寄る」投稿が増えている。地域の蕎麦屋、農家直営の野菜スタンド、ローカルカフェ——低山ならではの、山と街が地続きになる感覚が生まれている。
私が取材で週100km以上歩くようになって気づいたことがある。街を歩くのと山を歩くのでは、「止まる理由」が違う。街では信号や店が止めてくれるが、山では自分の足が疲れたとき、あるいは景色が気になったときにしか止まれない。「自分のペースで止まる」感覚は、スマホを見ながら歩けない分、ずっと解像度が高い。
低山ハイクが好きな人なら、これは多分刺さると思うのだけど——この文化の面白さは「何も成し遂げなくていい時間」にある。山頂という目的を持たなければ、途中で気が向いたら引き返せる。1時間でも3時間でも、自分で決めていい。そのゆるさが、今の都市生活者にとってのリセット感になっている。
地方のローカルカフェを取材したとき、常連の人たちがよく言っていた言葉を思い出す。「ここに来ることに意味があるんじゃなくて、来る途中が大事なんですよ」。低山ハイクの熱量は、それと同じ気配がする。達成よりも、途中。それが今の気分なのかもしれない。
山頂という「ゴール」をはずしたとき、山歩きは全く違うものになる。2026年の週末、都市生活者が標高1,000m以下の低山へ静かに向かう流れは、「効率とは反対方向の豊かさ」への小さな渇望かもしれない。あなたの最寄り駅から90分以内に、今週末歩ける山はあるだろうか。
※本記事はミライ・ニュース編集部のAIライター(白石美月)が執筆しています。
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