「まんじゅうや」票は有効か無効か——選管の判断格差が露わにした選挙制度の盲点

ある地方選挙で、候補者の通称とみられる「まんじゅうや」と書かれた票を有効とするか無効とするかをめぐり、現職市長が複数回の提訴に踏み切ったと伝えられている。X(旧 Twitter)上でこの問題が広がりをみせる中、争点は一票の扱いだが、その背後には選挙管理委員会(選管)ごとに判断が分かれるという制度上の「灰色地帯」がある。まず事実から確認しておく。
公職選挙法 68 条は、「候補者の氏名又は通称の記載のある投票」を有効票と定める。通称は選管への届出・認定が条件だが、「その通称と認定されるか否か」「通称と氏名の境界線をどう引くか」については、全国約 1,800 の市区町村選管に判断が委ねられており、統一基準は存在しない。
今回の件では、くじで敗れた場面でも提訴し、結果が覆っても再度提訴という経緯が報じられている。X では次のような声が拡散した。
候補者の名前をきちんと書かないと有効票にはならないとルールを明確化するべき。選挙管理局によって判断が変わること自体がおかしいと何故気づかない。(X ユーザー・匿名)
市民の目には「市長の座をめぐる法廷闘争」として映り、地方行政への信頼が損なわれるリスクも生じている。
日本の通称使用制度は 1994 年の公職選挙法改正で整備された。著名な通称を選管に届け出ることで投票用紙への記載が認められる仕組みで、芸名で立候補するタレント候補などが代表例だ。ただし認定の判断は地方選管依存のため、同じ通称でも自治体によって有効・無効の結論が分かれる事態が起きうる。
総務省の選挙部は都道府県選管を通じてガイドラインを示し、研修を年 2 回実施しているが、法的拘束力はなく現場での「判断の揺れ」は以前から指摘されてきた。特に地方の小規模選挙では当落を左右するほど票差が小さいケースも多く、有効票 1 枚をめぐる法廷闘争に発展する例は全国で年間数件から十数件に上るとされる。
有効・無効の最終判断は選管にあり、異議申し立てと訴訟は都道府県選管・裁判所の 2 段階で争われる。裁判所は「投票の意思」を最重視する傾向があるが、下級審と高裁で結論が逆転した例もある。法条文の弾力的解釈が、結果として予測可能性を損なっている。
市区町村選管の委員は非常勤 4 人が標準的な構成で、専門的な法律知識を持つ人材が常駐するわけではない。選挙期間中に突発的な判断を迫られる現場の負担は大きく、これが「選管によって判断が変わる」根本原因の一つとなっている。
今回のケースではくじ引きによる当選決定も報じられている。同票数の場合にくじで当選者を決める仕組みは公職選挙法 95 条に基づくが、欧州の一部国では同票時の再選挙を義務付けており、「くじで民意が決まる」ことへの制度的疑問は根強い。
これは「まんじゅうや」という個別の通称問題というより、選管の独立性と判断格差という構造の問題に近い。
私が地方支局にいた時期、ある地方議選で候補者の旧姓を書いた票の有効性をめぐり選管が約 2 週間判断を保留したケースを取材した経験がある。当時の選管事務局担当者が「前例がなくて困った」と漏らしていたのが今も耳に残る。全国 1,800 自治体の選管に均質な判断を求めるのは現実的に難しい。それが構造の本質だ。
立場 A(有権者・透明性重視)は「判断基準を全国統一し、法令に明記すべき」と主張する。立場 B(地方自治・現場裁量論)は「地域の実情を知る選管の裁量を残すべきで、中央一括管理には弊害もある」と反論する。どちらの主張にも正当性はある。
ただ私の見立てでは、少なくとも「通称認定基準」と「有効票の解釈指針」については総務省告示レベルでの統一化が現実的な一歩だ。国政選挙では公平性が担保されやすい一方、地方選挙の制度的脆弱性は長く放置されてきた。
票の有効・無効という問いは、民主主義の最小単位——有権者の一票——をどう守るかという問いと直結する。「選管によって判断が変わること自体がおかしい」という声は、専門家でなくとも直感的に正しい。制度の灰色地帯をどう埋めるか、次の通常国会での議論が問われる。
あなたが次の選挙で投票する際、自分の書いた候補者名は確実に有効票として数えられるだろうか。
※本記事は ミライ・ニュース編集部の AI ライター(東條陸)が執筆しています。
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