第42話 一度も見なかった
2時間前
2時間前
朝。
板の卓の手前の縁に木の椀が今朝は九つ並んでいた。五つ目は白墨の字の半寸下の椀。六つ目はエーリク様の椀。——そして昨夜、レオンが板の目の一粒のすぐ内側に小さな字で三つ書き加えた名前の、その下の椀。
「フリーダ」。「ヤン」。「リーゼル」。
蜂蜜色の湯気の手前の一筋が、九つの椀の縁の上で半寸並んで昇っていた。
戸口の板の縁の外では、見張り六人分の革の厚い底の整えられた足並みの音が昨夜のまま半寸の揺れもなく保たれていた。
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ルーカス様が、寝台の毛布の折り返しのいちばん外側の縁から半寸深く身を起こされた。
十二歳の茶色の瞳のいちばん真ん中に、昨夜、竃の端の椅子の半寸前で「父上」の二音節を——まだ声にしない一筋の温度を私の指の腹に預けられたあの半寸が静かに残っていた。
右手の指の第三関節は、外套の左の胸のポケットの薄い布の縁に昨夜より半寸深く添えられていた。
「……おはようございます、先生」
五年分、朝の廊下の頭下げの半歩上の漆喰の方角に通り過ぎていた、同じ挨拶。——今朝は翡翠色の瞳のいちばん深い層にまっすぐ届いた。
「……おはようございます、ルーカス様」
膝を折らなかった。折らない代わりに、大人の目のちょうど合う位置で、十二歳の目の合う高さをゆっくり確かめた。
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エミリア様は、藤色と栗色のリボンの羽の結びの先を今朝は自分の指で結び直されていた。
灰色の瞳のいちばん深い層に、昨日のクリスティーナの扇の内側の冷たい光の遠い一粒はもう残っていなかった。残っていない代わりに、別の一筋が半寸置かれていた。——「わたくしの名前」の一筋。
「……先生。わたくし、今朝、自分で結びました」
「……リボンの右の羽が、左より半寸短うございますけれど」
「……ええ。——それでちょうど、八歳のエミリア様のちょう、でございますわ」
エミリア様の栗色のまつげの下に、半寸、光の粒が昇った。頬の外側までは下りなかった。
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マティアス様は、柘植の星型のスプーンを胸の前から半寸ひらかれた。
金髪のつむじのいちばん外側の一筋に、発熱の名残はもう残っていなかった。ちょう結びの靴紐の左の羽の先が今朝は右と半寸揃っていた。——昨夜、兄の膝の上でもう一度結び直された形。
「……せんせい。ぼくね、きょう、——ちちうえに、ごはんのこと、いう」
五歳の声のいちばん外側の縁に、昨日の「マティアス、です」の遠い延長線が半寸薄く重ねられていた。
「……ええ。……マティアス様が、ご自分のお口でお決めになった、そのところを」
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戸口の板の縁の外で、見張り六人分の足並みの手前の一粒に、別の布沓の底の薄い薄い一筋の音が届いた。
一つではなかった。三つ、四つ、——五つ。
戸口の板の縁の内側に、カタリナ様の褐色の瞳のいちばん外側の縁が届いた。
「……先生。連れてきたよ。——フリーダと、ヨハン、エーリク。それから坂の下の、ヤンのとこの母さんと、リーゼルのとこの母さんも」
「……見張りの革の厚い底の半歩外のところで、一緒に歩かせてもらった」
カタリナ様の麻の、袖をまくった腕には、半月分の鍬の柄の握りの形のいちばん深い底の層の温度は今朝もう半寸も残っていなかった。
ヤン君の母親の方が、戸口の板の縁の半寸内側に立たれていた。灰色の上衣の袖口の縁に、粉挽きの白い粒が薄く残っていた。
「……あたしらも、——朝の椀の、湯気のいちばん手前の縁のところで見させてもらうよ」
「……うちのヤンとリーゼルに、半寸、味方の側の半歩を並べてやりてえ」
「……ええ。——椀を、もう三つ並べておきましたわ」
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昼近くに、風のいちばん低い一筋の方角から、馬の鼻息の湯気の層が半寸昇った。肩章の銀の縁の光。
——エドワード・ヴェルナー。
昨日と同じ黒い長い外套。昨日と同じ十数の革の厚い底の足並み。けれども、いちばん手前の一粒の音が昨日よりも半寸深く板の敷石の上に下ろされた。
鋭い灰色の瞳のいちばん外側の縁が、昨日と同じに、板の壁のいちばん手前の節の半寸上へまっすぐ置かれた。
けれども今朝は、その半寸上から半寸下の九つの椀の蜂蜜色の湯気のところまで、ひと呼吸、視線が下ろされようとした。下ろされきらなかった。下ろされきらない半寸手前で、鋭い灰色の瞳のいちばん外側の縁が子供たちの三人のひと筋の並びのところへ落ちた。
落ちた先で、今朝も名前は呼ばれなかった。
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「——再考の時間は、すでに過ぎた」
「——騎士団が子を正式に連行する。抵抗は無益だ」
声のいちばん深い底の層に、昨日と同じ乾いた温度が半寸立っていた。けれども、いちばん外側の縁の薄い皮の一層に昨日は置かれていなかった別の半寸の重さが乗っていた。
——夜の書斎の窓辺で一晩保たれていた、別の一筋。
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レオンが、半歩斜め前に立たれた。
「——公爵様。ブラント様への正式な返書の写しを、昨夕、坂の下のカタリナさんの家の麦の粉袋の上で封をしておきました。——王立教育監査院の仮審査は、明後日の朝のうちに二次の書面が届く見込みです」
「——抵抗ではございません。——この学び舎の板の床のいちばん手前の節の上で、今朝、子供たちがご自分の口から置かれる言葉を、——まず、お聞きください」
襟の端の白墨の粉の横四本の筋のいちばん下に、今朝はもう一本、薄い五本目が半寸添えられていた。
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鋭い灰色の瞳のいちばん外側の縁が、レオンの深い緑の瞳のいちばん深い層にひと呼吸置かれた。置かれた先で「辺境教師」の四音節の下の層に、昨日の「子守係風情」の六音節の乾いた温度がもう一度置かれようとした。
置かれようとした、その半寸のところで。
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「——父上」
ルーカス様。
竃の端の私の椅子の半歩前から、半歩、戸口の方角へ進まれていた。十二歳の端正な一語の形のいちばん外側の縁で、昨夜、私の指の腹に預けられた「父上」の二音節のまだ声にしない一筋が、今朝、確かに声の形へ置かれた。
五年前の子供部屋の戸口の板の縁の内側で「ち、ち……」と二音節、喉の奥で止めた、あの朝の七歳の薄い金色の光の粒の遠い延長線のいちばん最後の一拍。
茶色の瞳のいちばん真ん中が、父の鋭い灰色の瞳のいちばん外側の縁にまっすぐ合わされた。合わされた先で、逸らされなかった。
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「父上は、——僕たちを、一度も、見なかった」
「朝の廊下で、僕が『父上』を呼ぼうとした同じ朝。——父上の灰色の瞳のいちばん外側の縁は、僕の頭下げの半歩上の漆喰のところを通り過ぎました」
「あの半歩上の漆喰の同じ層に、五年分、父上の視線が残されました」
「僕の頭下げの半寸下の七歳の閉じた声の回路の上には、——残されませんでした」
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鋭い灰色の瞳のいちばん外側の縁が、ひと呼吸止まった。
止まった先でいちばん深い底の層の方へ届こうとする半寸の別の揺れが昇りかけた。昇りきらなかった。昇りきらない半寸手前でエドワード・ヴェルナーの左の手の指のいちばん外側の一段の関節が外套の左の腰の剣の柄の革紐の結びに昨日よりもう半寸深く添えられた。
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「——僕が話せるようになった、そのことを、父上はご存じありません」
「——エミリアが眠れるようになった、そのことも」
「——マティアスが食べられるようになった、そのことも」
「——どなたのおかげか、父上は一度もお尋ねになりませんでした」
「——僕たちは父上のご息子と、ご令嬢ではございます。——けれども父上の『我が血』の一語の中には、——ひと粒もいませんでした」
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鋭い灰色の瞳のいちばん外側の縁が、もう半寸細まった。細まった先で、昨日よりも半寸深くひらかれた。ひらかれた半寸のところから昨日半寸手前で止まっていた別の一筋の温度がもう半寸上の方へ昇ろうとした。昇りきらなかった。
——五年間、子供部屋の戸口の板の縁のいちばん外側で一度も踏み込まれなかった層の、いちばん奥の乾いた一粒の温度が今朝、半寸ずれた。
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エミリア様が、ルーカス様の右の半歩のところに進まれた。
藤色と栗色のリボンの羽の結びの先を、左の指の第三関節で半寸深く握られたまま。
「——父上」
兄と同じ二音節。けれども八歳の声のいちばん外側の縁には、兄の十二歳の端正な形とは半寸違う、冷たい澄んだ一筋の温度が静かに保たれていた。
「わたくしは、——エミリア、でございます」
「——エミリア・ヴェルナー、八歳」
「——父上は、わたくしの誕生日を一度も覚えてくださいませんでした」
「——三月の七日。母上がお亡くなりになった、同じ月の八日後」
「——その同じ月の同じ日、父上は書斎に籠もっておられました。——書斎の重い扉の内側の閂の層のいちばん外側の一筋のところに、私は八度、ノックを置きました。返事は、——一度もございませんでした」
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八歳の声のいちばん細い縁の層に、震えは置かれなかった。
「——父上は、マティアスを『マルティン』とお呼びになりました。——三度、朝食の席で」
「——クリスティーナ様も同じ場所でマティアスを『マルティン』とお呼びになりました。——どなたも訂正なさいませんでした。——父上も」
「——父上は、わたくしたちの名前すらご存じありませんでした」
澄んだ八歳の一語の形のいちばん外側の縁で、栗色のまつげの下に今朝二度目の小さな水分の光の粒が昇った。頬の外側までは下りなかった。瞼のいちばん内側の層の方へゆっくり吸い込まれていった。
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鋭い灰色の瞳のいちばん外側の縁が、半寸、エミリア様の栗色のまつげの下に置かれた。置かれた先で「マルティン」の四音節がもう一度いちばん深い底の層で半寸ずれた。ずれた先に「マティアス」の四音節の別の正しい形が半寸入り込もうとした。
入り込みきらなかった。入り込みきらない半寸手前で、エドワード・ヴェルナーの左の手の指のいちばん外側の一段の関節が、剣の柄の革紐の結びから半寸離れた。
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マティアス様は、エミリア様の半歩後ろから、半歩前に進まれた。
五歳の柘植の星型のスプーンを、胸の前に深く抱えたまま。
鋭い灰色の瞳のいちばん外側の縁を、まっすぐ見上げられた。金髪のつむじのいちばん外側の一筋が、冬の終わりの光の一筋のところで半寸光った。
「……ちちうえ」
「……ぼく、——マティアス、です」
「……フィオナせんせいの、ごはん、たべたい」
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学び舎の板の床のいちばん手前の節で、ひと呼吸、全ての他の音が止まった。
カタリナ様の褐色の瞳のいちばん深い層が、半寸湿った。
トビアス様の褐色の瞳のいちばん外側の縁が、ルーカス様の茶色の瞳の真ん中に合わされた。
ドロテア様の灰緑の瞳のいちばん深い層が、マティアス様の星型のスプーンの五つの角のひとつにひと呼吸留まった。
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鋭い灰色の瞳のいちばん外側の縁が、五歳の金髪のつむじの半寸上から、マティアス様の青い瞳のいちばん深い層まで半寸下りた。
五年分、一度も下ろされなかった半歩上の漆喰の層から、今朝初めて半寸下ろされた視線。
下りた先で、何も言葉は返されなかった。返されない代わりにエドワード・ヴェルナーの喉のいちばん深い底の層からひとつ短い乾いた飲み込みの拍が落ちた。
左の手の指のいちばん外側の一段の関節が、外套の左の腰から半寸、胸の方へ昇ろうとした。昇りきらなかった。昇りきらない半寸手前で、もう一度剣の柄の革紐の結びへ戻された。戻された先で握りの形の半寸外の層が半寸深く食い込んだ。
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鋭い灰色の瞳のいちばん外側の縁が、もう一度、三人の並びのいちばん手前のひと筋に置かれた。置かれた先で、十二歳、八歳、五歳の三つの小さな声の遠い延長線が、それぞれ別の高さの層で重ねられた。
「——明日の朝まで、だ」
九文字。
昨日の「明日の朝までに、再考の時間」の同じ形が今朝もう一度ほとんど同じ層に置かれた。けれども、いちばん外側の縁の乾いた温度の厚さが昨日よりも半寸浅くなっていた。
「——再考の結果が同じであれば、——正式に連行する」
声は、子供の目の半寸下へは下ろされなかった。下ろされない代わりに学び舎の板の壁のいちばん手前の節の半寸上へ投げられた。——五年間、朝の廊下の頭下げの半歩上の漆喰の同じ層へ。
けれども今朝は、その半歩上の漆喰の層に、昨日までとは半寸別の重さが乗っていた。
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長い黒い外套の肩章の銀の縁の光が、風のいちばん低い一筋の方角へ半歩遠ざかった。
遠ざかる馬の背で、左の手の指のいちばん外側の一段の関節が剣の柄の革紐の結びから半寸離された。離された半寸のところで外套の左の胸のいちばん内側へひと呼吸運ばれかけて止まった。
止まった指のいちばん外側の縁に昨日は置かれていなかった別の半寸の熱のような温度が半寸残された。
——「マティアス」の四音節の、まだ声には置かれていない別の形。
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戸口の板の敷石のいちばん手前の一粒で、見張り六人分の足並みがひとつ均された。
ヤン君の母親の方が、半歩内側へ進まれた。
「……先生さん。——これから坂の下の他の二軒に声を掛けていいかね。明日の朝の椀の、湯気のいちばん手前の縁のところに、もう三つ、四つ、——並ばせてもらいたい」
カタリナ様の褐色の瞳のいちばん深い層が、半寸深く湿った。
「……ああ。——あたしらの集落の、味方の側の半歩だ」
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昼。
九つの椀の蜂蜜色の湯気のいちばん手前の縁が半寸ひらかれた。
マティアス様は、星型のスプーンの五つの角のいちばん外の一つで朱の薄い輪切りのいちばん外の一粒をゆっくり口へ運ばれた。運んだ先で五歳の口の内側の奥の層からひとつ短い深い飲み込みの拍が落ちた。
「……おいしい」
四文字。
「……フィオナせんせいの、ごはん」
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夕刻。
カタリナ様が、庇の下の板の敷石のいちばん手前の一粒に立たれていた。エーリク様の小さな掌の指の付け根を、左の日焼けした手で静かに握られたまま。
「……先生さん。あたしは半月、井戸の縁の外であんたを疑ってきた。——昨日、中に入った。今朝、坂の下の二軒の母親を連れて来た」
「……明日、四軒目、五軒目を連れて来る」
「……味方の側の半歩は、——あんた一人の半歩では、もう、ねえよ」
声のいちばん細い縁の層で、三年前の落石の冬の朝の鍬の柄の握りの形の半月分の厚さの温度が今朝もう半寸上の方へほどけた。
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夜。
竃の朱い炎のいちばん奥の、赤い残り火の一粒で、薄い橙の層が保たれていた。
三人の寝息が、板張りの小部屋のいちばん低い層でひとつに均されていた。
ルーカス様の右手の指の第三関節は、外套の左の胸のポケットの薄い布の縁に、昨夜よりもう半寸深く添えられていた。ポケットの下に——ヘルガさんの「H」の紙切れとマルタの止まった擦れ、トビアス様の「明日」とカタリナ様の「半寸、ねえ」、そして今朝の「父上」の二文字のいちばん外側の縁の一粒の温度が、静かに並んでいた。
エミリア様の枕の下に、藤色と栗色のリボンの羽の結びの先がそっと並べられていた。今夜の右の羽の長さは、左と半寸揃っていた。
マティアス様の柘植の星型のスプーンは、胸の前に抱えられたまま。五つの角のいちばん外の一つに、今昼の「おいしい」の四文字のいちばん外の一粒の温度が半寸留まっていた。
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戸口の板の縁の外で、見張り六人分の革の厚い底の足並みは、夜に入っても半寸の揺れもなく保たれていた。
その半歩外の、さらに半歩外で、カタリナ様の家の灯の一筋が坂の下の方角からひと呼吸昇った。そのまた半歩隣でヤン君の家の灯の一筋も静かに昇った。
遠くの街道の方角。王都から三日の、冬の終わりの風のいちばん低い一筋に、別の四つの蹄の音の遠い遠い一粒の気配が半寸混じっていた。
一騎。
昨日の十数の重なりとは違う。ひと呼吸、ふた呼吸、——三呼吸分の薄い、けれども整った速い蹄の音の遠い一筋。
まだ音の形にはならない。ならないまま、冬の終わりの風のいちばん低い一筋の半寸外に、明朝のうちには辺境の集落のいちばん手前の橋の板の上まで届くであろうひと粒の予感が静かに預けられていた。
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私は、竃の端の椅子の膝の上の四冊目の観察記録ノートに、今夜、三行を静かに置いた。
「ルーカス様。——『父上』が、目の合う位置で置かれた」。
「エミリア様。——『わたくしの名前』が、澄んだ一筋で保たれた」。
「マティアス様。——『ごはんたべたい』が、胸の下から昇った」。
三行の下に、もう一行短く置いた。
「ちちうえは、——一度も見なかった」。
点は、——打たなかった。
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五年間、朝の廊下の頭下げの半寸下で折り続けた膝を、昨日の朝、一度立てた。今朝、その立てた位置で三人の子がご自分の足で声を並べて置かれた。
私は後ろで、何も言わなかった。言わない代わりに、翡翠色の瞳のいちばん深い層を三人の小さな後頭部のいちばん低い層の一筋の半寸後ろに静かに置いた。
——育てて、いたのです。
——その声にはしなかった一筋が、今朝、三人のそれぞれの声のいちばん外側の縁で、半寸、同じ遠い層に並べて保たれた。
竃の赤い残り火のいちばん奥の一粒で、薄い橙の層の半寸横に、明朝の四つの蹄の音の遠い遠い一粒が静かに待たれていた。
——書斎の棚の五冊の背表紙の凹凸に、毎朝、エプロン裾の細い擦れ音を戸の敷居半歩手前まで運び続けていた同じ一筋の足並みの遠い延長線。
音の形には、まだならない。ならないまま、薄い橙の層の半寸横で、ひと呼吸預けられていた。