第43話 五年分の記録
2時間前
2時間前
明くる朝。
竃の赤い残り火の一粒のところで、薄い橙の層が夜通し保たれていた。三人の寝息が板張りの小部屋のいちばん低い層でひとつに均されていた。
ルーカス様の右手の指の第三関節は、外套の左の胸のポケットの薄い布の縁に、昨夜と同じ深さのまま。エミリア様の枕の下には、藤色と栗色のリボンの羽の結びの先が並べられたまま。マティアス様の柘植の星型のスプーンは、胸の前に抱えられたまま。
戸口の板の縁の外で、見張り六人分の革の厚い底の足並みが、夜を越えても半寸の揺れもなく保たれていた。
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冬の終わりの風のいちばん低い一筋の方角から、——薄い、別の形の音が届いた。
一騎。けれども一騎ではなかった。蹄の音の半歩後ろに、半荷の車輪の軋みの一拍が重ねられていた。
レオンが戸口の板の縁の内側から半歩、外へ進まれた。
「……フィオナさん。——王都の紋章は、外されている」
紋章のない半荷の馬車。——五年間、公爵邸の子供部屋の戸口の板の縁の半寸内側でひと日も欠かさず足並みを運び続けていた、一人の侍女の名乗らないままの到着の形。
私は竃の端の椅子から静かに立った。翡翠色の瞳のいちばん深い層に、——着任初日の朝、玄関の石の段のいちばん下で革鞄を両手で受け取ってくださった、茶色の髪を後ろで一つに束ねた同じ足並みの遠い予感が、半寸昇った。
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戸口の板の敷石のいちばん手前の一粒に、——布沓の底の薄く細い一筋の音が届いた。
一歩。ふた歩。——三歩目で半寸、止まった。見張り六人分の革の厚い底のいちばん手前の足並みの半歩外で、茶色の麻布の袖口の縁が半寸、ひらかれた。
「……フィオナ、様」
六文字。
五年とひと月半。——公爵邸の子供部屋の戸口の板の縁の半寸内側で、ひと日に何度も静かに運ばれ続けていた、三文字の遠い延長線の、いちばん最後の一粒。
「……マルタ」
三文字。
声のいちばん細い縁の層に、半寸の震えは置かなかった。翡翠色の瞳のいちばん深い層を、マルタの茶色の瞳のいちばん外側の縁に、静かに置いた。
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マルタの茶色の髪は、五年前の同じ形のまま。けれども左の耳の上に、白い糸が三本、昨年の冬にはなかった新しい一筋が半寸混じっていた。
清潔な麻の灰色の上衣。袖口の縁に粉挽きの白い粒は残っていなかった。代わりに、車輪の軋みの半日分の土埃の薄い層が、半寸乗っていた。
左の腕に茶色の麻布の包みが抱えられていた。包みの薄い布の縁から、三冊分の表紙の厚みの輪郭が半寸、浮かんでいた。
茶色。紺。——そして深緑。棚の一段目の色の順の、いちばん左の三冊。
——五年分、子供部屋の棚の一段目のいちばん左に色の順に並べ続けていた、三冊の指の腹の重さの記憶が半寸昇った。昇りきらないうちに、——マルタの茶色の瞳のいちばん深い底の層から、五年分乾いたまま耐えられていたいちばん奥の一粒の温度が、半寸だけ上の方へほどけた。頬の外側までは下りなかった。
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「……奥様の、お言葉でございます」
十四文字。
「——『読みなさい、エドワード。——五年分を、全て』」
十九文字。
奥様のお声の形の、そのまま。八ヶ月前の先月末日、朝の鐘の一つ目の音の少し前に静かに閉じた同じ声のいちばん最後の一筋の遠い延長線の上の、——今朝の一筋。
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学び舎の板の卓のいちばん手前の縁に、茶色の麻布の包みが静かに置かれた。麻布の結びのいちばん外側の一筋が、ひと呼吸ほどかれた。
三冊。茶色の表紙。紺の表紙。深緑の表紙。色の順のまま、左から一、二、三。
茶色のいちばん上の縁に、——柘植の小刀の跡の薄い凹凸で《ルーカス》の四音節が彫り添えられていた。退場前夜の深夜の子供部屋、油灯の橙の層のいちばん手前で、私が掌の第一関節の内側の腹に力を半寸深く預けて彫った、四音節。
紺の表紙のいちばん上の縁に、——《ルーカス》。
深緑の表紙のいちばん上の縁に、——《エミリア》。
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昼近く。
戸口の板の敷石のいちばん手前の一粒に、——昨日と同じ黒い長い外套の肩章の銀の縁の光が届いた。けれども、いちばん手前の一粒の音が、昨日よりももう半寸深く板の敷石の上に下ろされた。
鋭い灰色の瞳のいちばん外側の縁が、昨日のように板の壁の半寸上へ投げられようとした。投げられきらなかった半寸手前で、——板の卓のいちばん手前の縁に静かに並べられた、三冊の色の順に落ちた。
茶色。紺。深緑。
落ちた先で、鋭い灰色の瞳のいちばん深い底の層が、ひと呼吸止まった。
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マルタが半歩、前に進まれた。
「——旦那様」
三文字。公爵邸の廊下の頭下げの半歩後ろで、五年分、ひと日に何度も静かに運ばれ続けていた三文字の温度が、——今朝、辺境の板の敷石の半歩外で、半寸深く置き直された。
「——奥様の、お言葉でございます。——『読みなさい、エドワード。——五年分を、全て』」
鋭い灰色の瞳のいちばん深い底の層が、半寸深く沈んだ。沈んだ先で——「母上」の三音節の、五年分、一度も辺境の方角へ運ばれなかった遠い一筋の温度が半寸昇ろうとした。昇りきらなかった半寸手前で、——喉のいちばん深い底の層から、ひとつ短く乾いた飲み込みの拍が落ちた。
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「——これは、——何の記録だ」
十文字。
マルタは半寸、頷かれた。
「——お子様がたの観察記録、——五年分のうちの、三冊でございます」
「——フィオナ様が五年、書き続けられた、——毎日の一行目と、最後の一行」
鋭い灰色の瞳のいちばん外側の縁が、三冊の色の順にもう一度落ちた。落ちた先で、——茶色の表紙の柘植の小刀の凹凸で彫られた《ルーカス》の四音節が、——五年分、朝の廊下の頭下げの半歩上の漆喰を通り過ぎていた同じ視線のいちばん奥の底の層に初めて届いた。
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レオンが教卓の下から、ひとつ低く素朴な木の腰掛けを、静かに運ばれた。
「——どうぞ」
三文字。
声のいちばん細い縁の層に、昨夕のブラント様への返書の封蝋の、いちばん外側の一粒の温度が、半寸保たれていた。
公爵様の右の手の、指のいちばん外側の一段の関節が、茶色の表紙のいちばん手前の縁に半寸触れた。五年分、一度も触れられたことのなかった表紙の薄い皮革の温度が、鋭い灰色の瞳のいちばん深い底の層へ半寸昇った。
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表紙がひらかれた。
一ページ目。いちばん上の行の最初の一筋。——鉛筆の削りたての薄い薄い黒い粉の、五年分乾いたまま保たれていた、いちばん深い底の層の一粒の温度。
「——着任初日。——マティアス様。——山羊の乳の布端授乳。——一滴」
「——一滴」
三文字。
点は打たれていなかった。
鋭い灰色の瞳のいちばん深い底の層が、半寸止まった。
止まった先で、——五年前の冬の終わり、邸の最上階の隅の子供部屋の戸口の板の縁の半寸内側で「子供の世話をしろ。それだけだ」の十四文字を置いた、同じ朝の鋭い灰色の瞳のいちばん外側の縁の遠い一筋の温度が、——今朝初めて「一滴」の二文字のいちばん外側の縁に届こうとした。
届ききらなかった。届ききらない半寸手前で、——ページがめくられた。
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二ページ目。
「——着任七日目。——エミリア様(三歳)。——夜泣き七夜目。——灯の位置を右上から左下へ下げた。——『ここ』という二音節」
「——母のアンネ様の名を呼ばれなかった。——呼ばれなかったことを記録しない」
——記録しないということを、記録の形で残した一行。
鋭い灰色の瞳のいちばん深い底の層が、もう半寸止まった。
三ページ目。——四ページ目。——五ページ目。
途中で、めくる速度が変わった。
変わった先で、——ページの右の縁の上から三つ目の行に「ち、……ち、……」の二音節の記録の一筋があった。七歳のルーカス様の、着任一ヶ月目の子供部屋の戸口の板の縁の内側の薄い金色の光の遠い一粒の、いちばん最初の一拍。
その下の行に、——別の鉛筆の一筋で、同じ日の半寸下に、——「届いた」の三文字が細く記されていた。
点は打たれていなかった。
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鋭い灰色の瞳のいちばん深い底の層が、ひと呼吸、半寸、深く沈んだ。
沈んだ先で、——五年前の冬の終わり、子供部屋の戸口の板の縁の内側で「ち、……ち……」の二音節の遠い一筋の温度を振り返らずに通り過ぎていた、同じ朝の鋭い灰色の瞳の遠い一筋の温度が、——今朝初めて「届いた」の三文字の鉛筆の薄い凹凸に届いた。
届いた先で、公爵様の右の手の指の第一関節が半寸震えた。震えは表には出されなかった。出されない代わりに、ページの右の縁に、指の腹の薄い皮膚の下の層の温度が半寸深く預けられた。
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私は竃の端の自分の椅子の半寸後ろに、静かに立った。膝を折らなかった。翡翠色の瞳のいちばん深い層を、——公爵様の指の第一関節の半寸の震えの半歩外に、静かに置いた。
何も言わなかった。
五年分、誰にも読まれないまま棚の一段目のいちばん左に並び続けていた、三冊の表紙の指の腹の重さのいちばん外側の縁の温度が、——今朝初めて本来いちばん届いてほしかった一人の指の第三関節の内側の腹に受け取られているのを、——遠くから静かに見ていた。
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マルタが半歩、戸口の方へ下がられた。私の翡翠色の瞳のいちばん深い層に、茶色の瞳のいちばん深い底の層が、ひと呼吸置かれた。
「——フィオナ様。——奥様のお言葉が、あともう一つございます」
「——『フィオナには、五年分ずっと棚の一段目を毎朝拭いてくれて、——ありがとう』」
声のいちばん細い縁の層で、——今朝初めてマルタの茶色の瞳のいちばん深い底の層のいちばん奥の一粒が、半寸頬の方角へ下りかけて、——半寸手前で吸い込まれた。
私は半寸頷いた。奥様の八ヶ月前の朝の鐘の一つ目の音の少し前の、銀色の睫毛のいちばん最後の一筋の遠い半寸の温度が、もう半寸上の方へほどけた。「ありがとうございます、奥様」の十四文字が、声にはならずに胸のいちばん深い底の層でひと呼吸置かれた。
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昼。
レオンが半寸、膝を折られた。
「……ルーカス、エミリア、マティアス。——今朝は父上が、机の半歩前に座っておられる。板の床の半歩外の井戸の端で、朝の水汲みの手伝いを、——俺と一緒にしてくれるか」
ルーカス様の茶色の瞳のいちばん真ん中が、私の翡翠色の瞳のいちばん深い層にひと呼吸置かれた。置かれた先で半寸頷かれた。エミリア様は、藤色と栗色のリボンの羽の結びを左の指の第三関節で半寸握られた。マティアス様は、星型のスプーンを胸の前に半寸抱え直された。
三人はレオンの深い緑の上衣の裾の半歩後ろで、並んで井戸の端の方へ歩かれた。
公爵様の鋭い灰色の瞳のいちばん外側の縁が、三人の小さな後頭部の半歩後ろへ、ひと呼吸届こうとした。届ききらなかった半寸手前で、ページの右の縁へ戻された。
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午後。
茶色の表紙の一冊目が、半ばまでめくられた。
鉛筆の薄い粉のいちばん外側の一粒の温度が、指の第三関節の内側の腹にだんだんと深く積まれていった。途中でページの右の縁に、指の腹の薄い汗の層が半寸深く残された。汗の層のいちばん外側の縁が、鉛筆の「届いた」の三文字の凹凸の半寸手前で半寸止まった。
止まった先で、公爵様の右の手の親指の付け根が、ひと呼吸強張った。強張りは表には出されなかった。出されない代わりに、ページがもう半寸めくられた。
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夕刻。
茶色の表紙の一冊目が、——閉じられた。
閉じた先で、——鋭い灰色の瞳のいちばん外側の縁が、ひと呼吸止まった。止まった先で、——二冊目の紺の表紙のいちばん手前の縁へ、半寸ひらかれた。
一ページ目。
「——着任十一ヶ月目の冬の夜。——ルーカス様。——廊下の窓辺」
「——『……き、……き、れ、……い』。——五文字」
「——十一ヶ月分の沈黙のいちばん最初の二音節。——助けを求める言葉ではない。——隣の人に美しさを伝えるための言葉」
点は打たれていなかった。
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紺の表紙の二冊目が、——ゆっくりめくられ続けた。
途中のページの右の縁に、——「せんせい」の四文字が、着任一年目の春の朝の半寸の一筋の温度として記録されていた。その下に、「ないていいよ」の六文字の七歳の初めての文章の一筋の温度。更に下に、「手拍子の三拍子を二拍子に変換。——即座の追随」の十六文字の、リズムの回路のいちばん外側の縁の一筋の記録。
五年前の年次教育展覧会の壇上の、「鍛錬の伝統で克服された」の十一音節の下の層が、——今朝初めて「三拍子を二拍子に変換」の十九文字の凹凸へ届いた。
届いた先で、——公爵様の左の手の指のいちばん外側の一段の関節が、——外套の左の胸のいちばん内側から半寸ほどけた。ほどけた半寸のところで、——指の腹が半寸震えた。
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レオンが井戸の端から、三人の子供たちを半歩後ろに並べて戻られた。
ルーカス様の茶色の瞳のいちばん真ん中が、公爵様の指の第三関節の内側の腹の、紺の表紙の半ばのページの右の縁にひと呼吸留まった。何も言われなかった。私の竃の端の椅子の半歩前で、半寸浅く頷かれただけだった。
エミリア様は、「父上」という二音節を今夕は置かれなかった。灰色の瞳のいちばん深い層を、紺の表紙のいちばん手前の縁にひと呼吸置かれた。
マティアス様は、星型のスプーンを胸の前に抱えたまま、公爵様の黒い外套の左の腰から半歩離れた位置に、ご自分の足で立たれた。
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夜。
竃の赤い残り火の一粒のところで、薄い橙の層が保たれていた。子供たちは板張りの小部屋のいちばん低い層で、三人ひとつに均された寝息を運んでいた。ルーカス様の右手の指の第三関節は、昨夜よりももう半寸深く、外套の左の胸のポケットの薄い布の縁に添えられていた。「父上が読んでおられる」の一筋の温度が、今夜その指の下のいちばん奥に半寸預けられていた。
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学び舎の板の卓のいちばん手前の縁。紺の表紙の二冊目の半ばのページの右の縁に、公爵様の指の第三関節の内側の腹の薄い汗の層がもう一度半寸深く残されていた。
獣脂灯のひと筋の光が、教卓の上に保たれていた。レオンが白墨の粉の横五本の筋のいちばん下に、もう一本薄い六本目を半寸添えたあと、——静かに戸口の外へ半歩下がられた。
公爵様は、紺の表紙の半ばのページの右の縁から半寸、顔を上げられなかった。上げられない代わりに、指の第三関節の内側の腹がゆっくり次のページをめくった。
めくられたページのいちばん上の行に、——「エミリア様の夜泣きの十四夜目。——今夜は『せんせい』の四文字を置かれずに眠られた」の三十六文字が、静かに残されていた。
鋭い灰色の瞳のいちばん深い底の層が、ひと呼吸、半寸、深く下ろされた。
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夜が、もう半寸深まった。
深緑の表紙の三冊目のいちばん手前の縁は、まだひらかれていなかった。
公爵様の指の第三関節の内側の腹は、紺の表紙の次のページの右の縁に、半寸深く預けられ続けていた。肩章の銀の縁の光は、獣脂灯のひと筋の光のいちばん外側の縁で半寸傾いていた。
外套の左の胸のいちばん内側。——五年分、「子供の世話をしろ。それだけだ」の十四文字を置いた、同じ朝の同じ外套の同じ内側の層に、——今夜初めて、別の半寸の温度が預けられていた。
「マティアス」。「エミリア」。「ルーカス」。
三つの四音節が、今夜、初めて、半寸並んで預けられていた。
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マルタは、戸口の板の縁のいちばん内側から半歩外の、見張り六人分の足並みの半歩外に静かに立たれていた。茶色の麻布の上衣の袖口の縁に、夜の薄い冷たさの層が半寸乗っていた。左の掌の指の第三関節の内側の腹が、エプロンの縁に、——奥様の八ヶ月前の枕の下のいちばん最後の一筋の温度を預けられたまま保たれていた。
坂の下の方角。カタリナ様の家の二階の奥の小窓の内側に、獣脂灯の灯がひと筋、昨夜よりも半寸深く保たれていた。ヤン君の家、リーゼルさんの家、フリーダさんの家、——四つ五つの坂の下の灯の一筋が、今夜初めて戸口の板の敷石の半歩外まで届いていた。
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私は竃の端の椅子の膝の上の、四冊目の観察記録ノートに、今夜、静かに三行を置いた。
「公爵様。——一冊目を閉じられた」。
「公爵様。——二冊目の半ばのページに指の腹の汗を残された」。
「公爵様。——三冊目の表紙はまだひらかれていない」。
点は打たなかった。
三行の下に、もう一行、静かに置いた。
「マルタ。——五年分の棚の一段目の朝の拭き取りの温度を、——今朝、辺境まで運ばれた」。
点は打たなかった。
最後に、もう一行だけ、一文字ずつ、鉛筆の削りたての薄い粉の層のいちばん細い縁のところで置いた。
「奥様。——届きました」。
点は打たなかった。
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戸口の板の縁の外で、見張り六人分の足並みは、夜が深まっても半寸の揺れもなく保たれていた。けれども半歩外の坂の下の灯のいちばん外側の縁で、——カタリナ様の褐色の瞳の薄い灯の温度が、今夜も静かに保たれていた。
学び舎の板の卓のいちばん手前の縁。獣脂灯の黄金色の光のいちばん外側の縁で、——紺の表紙の二冊目の半ばのページが、半寸ひらかれたまま保たれていた。
肩章の銀の縁の光は、半寸傾いたまま、——まだ起き続けていた。
深緑の表紙の三冊目のいちばん手前の縁には、まだ指は触れられていなかった。
夜が、もう半寸深まった。冬の終わりの風のいちばん低い一筋が、杉の森のいちばん低い枝の半寸外で、今夜も薄く保たれたまま。
薄い橙の層の半寸横に、——三冊目の深緑の表紙のいちばん手前の縁が、明け方の灰色の光のいちばん手前の一筋までにひらかれるかどうか、——まだ音にはならないまま、静かに待たれていた。