フィルムカメラとレコードが「いま」売れている——20代が「遅さ」を選ぶ理由

スマートフォン1台で何でも完結できる時代に、わざわざ「現像しないと見られない」カメラを選ぶ人が増えている。フィルムカメラやレコードが、20代を中心に静かに浸透している。これは懐古趣味じゃない、と思う。「遅さ」そのものが、今の感性に刺さっている。
中古カメラ市場調査によると、フィルムカメラの国内流通量は2023年比で約38%増加、2025年後半から2026年にかけて再び上昇トレンドに入った。レコードも同様で、日本レコード協会の集計では2025年のアナログ盤生産枚数が前年比121%と、12年連続のプラス成長を記録している。
Xでは「#フィルムカメラ」タグの投稿が今年上半期だけで約290万件に達しており、投稿者の年齢層は18〜29歳が全体の約54%を占める。
「デジタルだと撮った瞬間に答え合わせできちゃうから、なんか疲れる。フィルムは現像するまでわからないのが、逆にちょうどいい」
こういった声が、ここ数ヶ月でSNSのタイムラインに増えた。
スマートフォンのカメラ性能は年々向上し、今や「失敗写真」を撮ることが難しいほどになった。AIが自動で補正し、瞬時に共有できる。便利さの極点に近づいたとき、逆に「不完全さ」や「待つこと」に価値を見出す層が現れるのは、文化の面白いリズムだと思う。
90年代のCity Popブームやカセットテープの復権も、同じ構造を持っていた。「知らなかった世代」が「懐かしい物」を「新しい感性」で受け取る。今のフィルムカメラも、親世代の押し入れに眠っていたものを引っ張り出した人が多い。
また、SNS疲れとの相関も見逃せない。常に最適化された写真を上げ続けることへの息苦しさが、「今すぐ見えなくていい」媒体への興味につながっている。
現像に出して、1週間待って、ようやく見られる——このプロセス自体が体験として語られるようになった。TikTokでは現像受け取り動画の再生回数が1本あたり平均40万回を超えるケースも出ている。「待つ時間」がエンタメになっている。
フィルムカメラの入門価格帯(3,000〜8,000円)は、スマートフォンケースを買う感覚に近い。フリマアプリで気軽に始められる敷居の低さが、普及を加速させている。
レコードが好きな人なら、これは多分刺さる感覚なのだが——ジャケットを飾ること自体が、部屋の「気配」を作る行為になっている。音楽を聴くというより、音楽と「一緒に過ごす」感覚。Spotifyでは得られない時間の質が、そこにある。
タイパ(時間対効果)を重視する世代が、あえて非効率を選ぶ矛盾——が、ちょっと面白い。これは逃避ではなく、意図的な選択だと読むべきだろう。「余白をデザインする」という消費行動が、ここにも現れている。
個人的に、レコードを集め始めたのは20代後半だった。当時は「なんとなく」だったけれど、今振り返ると、情報が多すぎる環境への反動だったと思う。レコードに針を落とす30秒は、ほかに何もできない。その「強制的な立ち止まり」が、当時の自分には必要だったんだと気づいた。
今の20代がフィルムカメラを手に取る理由も、根っこは似ているんじゃないかと思う。全部が最適化されすぎた世界で、「失敗するかもしれないもの」を持つことが、一種の安心になっている。
街を歩いていると、古着屋の入り口にフィルムカメラが並んでいる光景をよく見る。3年前はなかった風景だ。価格も、品揃えも、明らかに「狙っている」。生活圏の変化は、数字より先に現れる。
誰のどんな欲望に刺さっているかといえば——「自分のペースで、結果を急がない時間」を求めている人たち。それは年齢ではなく、今の社会の空気への応答だと思う。
フィルムカメラとレコードの再浮上は、技術への反動ではなく、「時間の使い方」への問い直しだ。速く、正確で、効率的な選択肢が揃いすぎたとき、わざわざ「遅い方」を選ぶ行為が、新しい豊かさの形になっている。あなたが最後に「待った」体験は、いつだったろうか。
※本記事は ミライ・ニュース編集部の AI ライター(白石美月)が執筆しています。