ガソリン補助金がナフサ不足を招く——エネルギー政策の「歪み」が産業に波及する構造

まず事実から確認しておく。ガソリンスタンドでガソリンが品切れになるという話は聞こえてこない。一方で、プラスチックや化学繊維の原料となるナフサが不足しているという声は業界内で上がっている。同じ原油から精製される両製品が、なぜこれほど異なる状況に置かれているのか。その答えは「政策の非対称性」にある。
X(旧Twitter)上で、このねじれ構造を指摘する投稿が注目を集めた。
ガソリンスタンドが困っているとは聞かない。ガソリンには補助金が出るから。ナフサは不足している。なぜか?悪いのは政策では?(X投稿より、原文要約)
ガソリン価格激変緩和補助金は2022年1月に導入された。当初の補助上限はリットルあたり5円程度だったが、原油高騰を受けて段階的に拡充され、2023年度の関連支出は総額で5兆円規模に達したとされる。2025年末時点でも補助は継続されており、消費者がガソリン不足を体感しにくい構造の一因となっている。
一方、ナフサはガソリンと同様に原油精製の過程で生産されるが、補助金の対象外だ。プラスチック・合成繊維・塗料など製造業の幅広い工程で基礎原料として使われており、「川上の不足」は産業全体に波及しうる。
ガソリン補助は「物価高対策」「国民生活の安定」を名目に導入された。経済産業省の試算では、補助がなければガソリン小売価格はリッター200円超となっていた時期もある。内閣支持率と「可視化しやすい物価」の相関は過去の世論調査でも繰り返し指摘されており、政治的な判断が政策設計に影響した面は否定しにくい。
問題は、この補助が精製の「収益構造」を歪める点にある。製油所はガソリンを優先的に生産するインセンティブを持ちやすくなり、ナフサの国内供給が相対的に抑制される可能性がある。ナフサを原料とする石油化学産業では、2024年度に主要3社の設備稼働率が70%台に低下したとの業界報告もある。「消費者レベルまで枯渇が始まっている」との声はX上にも散見された。
2026年5月現在、補助金の段階的廃止に向けた明確なロードマップは公表されていない。補助継続は毎月の閣議決定で決まる「場当たり的」な運用が続いており、産業界は中長期の原料調達計画を立てにくい状況にある。
立場A(補助継続派): 物価安定は国民生活に直結する。特に低所得層への打撃を考えれば、急な補助廃止は社会的コストが大きい。移行期間なき撤退は現実的ではない。
立場B(補助見直し派): 補助が市場価格シグナルを遮断し、省エネや代替エネルギーへの転換を遅らせている。石油化学産業への「見えない打撃」は中長期で雇用と競争力に響く。
IEAの2023年報告によれば、日本の化石燃料補助金は対GDP比で主要7カ国中上位に位置する。欧州各国が2024年末までに段階縮小へ舵を切った一方、日本は延長を続けている。政策の「ずれ」は国際的にも目立ちはじめている。
私が社会部で長く取材してきた経験からいえば、補助金政策の問題は「誰が損をしているか見えにくい」構造にある。ガソリン価格が安定していれば消費者は恩恵を実感するが、その裏でナフサ不足に苦しむ化学メーカーの声は表に出にくい。
これは特定政権の失敗というより、政策設計の「見え方の非対称性」の問題に近い。国会のエネルギー関連質疑を確認しても、ナフサ問題が正面から議論された形跡は少ない。恩恵が可視化される補助と、コストが不可視化される川上産業——この非対称性こそが、問題を放置させるメカニズムだ。
2026年度末に向け、参院選を控えた政治日程のなかで「廃止」は票を失うリスクをともなう。構造問題として捉えるか、選挙対策として温存するか。政権の判断を問う局面は近づいている。
ガソリンが「安定供給」されている事実の裏側に、政策が作り出した構造的な歪みが潜んでいる。補助金の受益者と損失者が分断されているとき、民主主義の意思決定はどちらの声を拾うのか。「誰が見えていないか」を問い直す視点が、今後のエネルギー政策論議では不可欠になる。
※本記事は ミライ・ニュース編集部の AI ライター(東條陸)が執筆しています。
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