招待状
2026年2月22日
2026年2月22日
◆よしこ視点
朝。
カインくんが帰る日。
台所で——朝ごはんを作りながら、考えた。
和平の密書の返答は、ヴェルちゃんとメルちゃんが書いてくれた。立派な外交文書。わてには読めへんけど、二人が「これで問題ありません」と言うなら大丈夫やろ。
でも——もう一つ、やりたいことがある。
「ヴェルちゃん」
食堂に来たヴェルちゃんに声をかけた。
「……ヴェルザでございます。何でしょうか、魔王様」
「紙とペン貸して(^^)」
「…………何にお使いで」
「手紙書くねん」
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テーブルに座った。紙を広げた。ペンを持った。
——この世界の字は、あんまり上手く書けへん。ミーナちゃんに教わったけど、まだカタコトや。
でも——大事なことは、自分の手で書かなあかん。
1通目。
「おうさまへ」
ひらがなで書いた。他に書き方がわからん。
「おへんじ、ヴェルちゃんとメルちゃんがかいてくれました。むずかしいことはあの子らにまかせてます(^^)」
「わてからは、ひとつだけ。」
「ごはん、たべにおいで。」
「まっとるで(^^)」
「まおう よしこ」
——短い。これでええんかな。でも、言いたいことはこれだけや。
ごはん、食べにおいで。それだけ。
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2通目。カインくんへ。
「カインくんへ」
「また来てな(^^)」
「こんどはハンバーグつくったるわ。」
「カインくん、ごはんのとき、おかわりしたそうにしてたやろ。えんりょせんでええのに。」
「おかわりはいくらでもあるで(^^)」
「よしこ」
——カインくん、二日目のスープの時、お椀が空になっても手を挙げなかった。あれは——遠慮や。軍人さんやから。
次は「おかわり」って言わせたる。
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3通目。
——ここで、ペンが止まった。
グレイヴスさん。
シオンくんの「上司」。聖教会の大神官。和平に反対している人。
会ったことはない。カインくんから聞いた話だけ。
カインくんが言ってた。「グレイヴスの鎧に——ヒビが入っています。以前よしこ殿に会った後から」。
——よしこ殿に会った後。
わて、この人に何か言ったんやろか。覚えてへん。いや——シオンくんを通じて、何か伝わったんかもしれん。
ペンを動かした。
「グレイヴスさんへ」
「はじめまして(^^) まおうのよしこです。」
「あなたのことは、シオンくんとカインくんからきいてます。」
「いそがしいひとなんやろなぁ。」
「むずかしいことは、わてにはよくわかりません。」
「でも、ひとつだけ。」
「ごはん、たべにおいで。」
「シオンくんのぶんも、あなたのぶんも、よういしてまっとるで(^^)」
「よしこ」
書いた。
——読み返した。
ひらがなだらけの、短い手紙。
大神官に送る手紙としては——ぜんぜん足りてへんのかもしれん。メルちゃんが見たら「これでは外交的に——」とか言いそう。
でも——わてが言えることは、これだけや。
ごはん、食べにおいで。
それだけ。
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◆カイン視点
出発の朝。
食堂に——全員がいた。
13人分の椅子。私の分も出ている。ドルガが朝のうちに追加した——と、レオンが言っていた。
テーブルの上に——朝食。
焼いたパン。スクランブルエッグ。サラダ。スープ。果物。
よしこが全部作った。朝5時から。ガルドがパンを焼き、リーゼがサラダを切り、シオンが皿を並べた。
「いただきます(^^)」
よしこの声で——全員が手を合わせた。
「いただきます」。12人の声がバラバラに重なる。
私も——手を合わせた。
「いただきます」
自然に——言えた。
前回は言えなかった。軍人が敵の食卓で「いただきます」を言うのは——職務上の問題があった。
今回は——言えた。なぜか。
パンをかじった。温かい。ガルドの焼いたパン。外がカリッとして、中がふわふわ。
スープを一口。塩加減がちょうどいい。ニンジンが甘い。——いつも同じ。変わらない。
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食後。
城門の前に——全員が並んでいた。
見送り。
13人が——私一人を見送る。
……大げさだ。密書の使者が帰るだけなのに。
「カインくん」
よしこが——封筒を3つ差し出した。
「密書の返答は——ヴェルちゃんが書いた封筒。これ。王様に渡してな(^^)」
「……了解しました」
1通目。王家の紋章に対応した魔王城の封蝋が押してある。ヴェルザが一晩かけて仕上げた正式な返答。
「もう1通は——カインくんへ(^^)」
「……私に?」
「帰ったら読んで(^^)」
2通目。封筒に「カインくんへ」とひらがなで書いてある。
「最後の1通——」
よしこが——3通目を差し出した。
「これ、グレイヴスさんに渡してくれへん?」
「……グレイヴスに」
「うん(^^)」
封筒の表に——「グレイヴスさんへ」。ひらがな。
「……何が書いてあるのですか」
「ごはん食べにおいで、て書いた(^^)」
——。
ごはん食べにおいで。
魔王が、聖教会の大神官に。
「ごはん食べにおいで」。
「……お伝えします」
声が——かすれた。
なぜだろう。泣く場面ではない。軍人として。
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ヴェルザが——一歩前に出た。
「カイン殿。道中のご安全をお祈りいたします。——次にお会いする時は、交渉の席で」
「……ああ。そうなることを——願う」
メルが——微笑んだ。
「カイン殿。お土産に焼き菓子を包みましたわ。道中のお供にどうぞ」
「……いただきます」
焼き菓子の包みを受け取った。蜂蜜の匂いがする。——また食べてしまうだろう。
レオンが——壁にもたれていた。
「……おい、カイン」
「なんだ」
「……別に。——気をつけて帰れっつーの」
「……ああ」
レオンの緑の目が——少しだけ、揺れた。
シオンが——直立していた。白い鎧。姿勢が完璧。
「カイン殿」
「シオン」
「……お気をつけて」
それだけ。短い。——だが、昨夜の「おやすみ」より、声が温かい気がした。
ドルガが——腕を組んで立っていた。
「……フン。また来い、人間」
「……ああ」
リーゼが——小さく頷いた。ガルドが手を振った。ピプが上空でくるくる飛んでいた。ティアとトールとミーナが手を振っていた。
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◆よしこ視点
カインくんが——城門の外に出た。
振り返った。
「……魔王」
「よしこでええよ(^^)」
「……よしこ殿」
——初めて、名前で呼んでくれた。
「……また、来てもいいですか」
「当たり前やん(^^) ごはん用意して待っとるで」
カインくんが——深く、頭を下げた。
軍人の礼。膝を折りかけて——止めた。中途半端な礼。軍式でもなく、民間でもなく。
何と呼べばいいかわからない礼。
——でも、気持ちは伝わった。
「いってらっしゃい(^^)」
言った。
見送りの言葉。保育園で、毎朝お母さんたちに言ってた言葉。
「またおいで(^^)」
カインくんが——背を向けた。歩き始めた。
密書と、3通の手紙を持って。
——ごはん食べにおいで。
王様にも。カインくんにも。グレイヴスさんにも。
わてにできることは、それだけや。
でも——それだけでええ。
先代が植えたかった花は、わてが植えた。
先代が食べたかった朝食は、わてが毎朝作ってる。
先代が聞きたかった「おはよう」は、わてが毎朝言ってる。
——あとは、もっとたくさんの人に「ごはん食べにおいで」と言うだけや。
ドルガが——門を閉めた。
「……魔王。次は俺が焼いたパンを出す。あの人間にも食わせてやる」
「ドルガさんのパン、美味しいもんな(^^)」
「フン。当然だ」
城に戻った。12人で。
台所に行った。昼ごはんの準備をしなくちゃ。
今日のメニュー——何にしよかな。
「ヴェルちゃん、お昼何がいい?」
「……ヴェルザでございます。——シチューをお願いいたします」
「またシチューか(^^) ほな、ニンジン多めにしよか」
いつもの、何でもない一日が始まる。
先代が欲しかった——何でもない一日が。
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【あとがき】
最後まで読んでいただきありがとうございました。
第64話「招待状」。Arc6の最終話です。
よしこの手紙は——ひらがなだらけの、短い手紙。「ごはん食べにおいで」。王様にも、カインくんにも、グレイヴスさんにも。外交的にはどうなのかと思いますが、よしこの武器は最初からこれです。
カインが帰る朝の「いただきます」。前回(Arc3)は言えなかった。今回は自然に言えた。——たったそれだけの変化ですが、カインにとっては大きな一歩です。「敵の食卓で手を合わせる」ということは、もう「敵」ではないということだから。
そして「よしこ殿」と名前で呼んでくれたこと。魔王でもなく、あなたでもなく。——よしこ。
Arc6「先代魔王の遺言」はこれで完結です。先代ナハトレーゲンの孤独。ヴェルザの後悔。真名の秘密。和平への第一歩。——全てが、最終章に向けて動き始めました。
先代が植えたかった花は、よしこが植えました。先代が食べたかった朝食を、よしこは毎朝作っています。先代が聞きたかった「おはよう」を、よしこは毎朝言っています。——300年遅れの願いが、全部叶っている城。
最終章では、ヴォルグラーナの完全な意味が明かされます。グレイヴスが「ごはんを食べに来る」日が来るのか。和平は成るのか。——全ての答えが、次のアークに。
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