銭湯に20代が帰ってきた——「おひとり様湯活」が都市の夏に広がる理由

そんな声がX上で散見されるようになったのは、ここ2〜3ヶ月のこと。実際、東京都生活文化スポーツ局の調査によると、都内の銭湯利用者数は2025年度に前年比8%増を記録し、5年ぶりの上昇傾向に転じた。特に20〜34歳の単独利用者が全体の約31%を占めるようになっており、かつての「家族風呂の代替」というイメージとは明らかに異なる層が動き始めている。
「会社帰りに銭湯寄ったら、常連のおじさんと世間話して、なんかスッキリした。SNSじゃ絶対に起きない会話だった」
これが、ちょっと面白い。スマートフォンを置かざるを得ない場所に、若い世代が自ら足を運んでいる。
東京・高円寺や中野、大阪・福島エリアの銭湯では、2026年に入ってから平日夜間の満員が常態化しているという声が店主側からも上がっている。銭湯検索アプリ「1010(せんとう)」のPVは前年同期比で約40%増。「#湯活」タグのInstagram投稿数も、2025年1月の約2万件から2026年6月には6万件超に膨らんでいる。
単なるサウナブームの延長ではない。サウナ施設の月会費が平均8,000〜1万5,000円に対し、銭湯の入浴料は都内で500円前後。「手軽に非日常」という価格設計が、週3回通える敷居を作っている。
サウナブームが2019〜2022年にかけて「整う体験」を広め、その後、若い層が「もっと日常に落とし込める場所」を探し始めた、という流れがある。スパや高級サウナは特別な日のご褒美。銭湯は、月曜の疲れを流す場所。この使い分けが、都市生活者の中で静かに定着してきた。
もう一つ見逃せないのが、「ゆるいつながり」への需要だ。コロナ禍以降、人間関係はオンラインに最適化されすぎた。目的のない会話、顔も名前も知らない隣人との空間共有——銭湯はそれが発生しやすい数少ない場のひとつだ。常連のおじいさんに話しかけられる、地元の情報が耳に入ってくる。SNSではアルゴリズムが「好きそうなもの」しか届けてくれないが、銭湯の脱衣所は違う。
銭湯では物理的にスマートフォンを持ち込めない。その「強制的なオフライン時間」が逆に価値になっている。通知ゼロの40分間——それを求めて銭湯に来る、という動機が20代に確実に存在する。
高円寺の銭湯と豊洲の銭湯では、雰囲気も客層も会話の内容も違う。街歩きの延長として銭湯を組み込むことで、その街の体温を感じられる。観光消費ではなく、生活に混じる体験として機能している点が、ここ数年のローカル回帰とも重なる。
銭湯の写真はInstagramに映えない。タイルの剥がれた壁、古い体重計、くたびれた籐籠——それが「演出されていない場所」の証拠として、情報過多の時代に刺さっている。脚色のない場所が好きな人なら、これは多分刺さる。
街歩きが趣味な私にとって、銭湯はずっと「取材の抜け道」だった。地方都市を訪れるとき、銭湯に入ると2時間で地元の話が山ほど集まる。常連客との会話から、その街の今が見えてくる。
今、都市の若い世代がそれを「発見」しつつある、と感じている。
おそらく背景にあるのは、「つながりの質」への問い直しだ。SNSのフォロワー数ではなく、隣に座った見知らぬ人と交わした他愛ない言葉のほうが、なぜか翌朝も覚えている——そういう体験への渇望が、銭湯を選ばせているのだと思う。
ファッション誌にいた頃、編集部内で「次に来るサードプレイスはどこか」を議論したことがある。カフェ、図書館、コワーキング……という答えが並んだ。でも今振り返れば、「服を脱ぐ場所」が答えになるとは誰も言わなかった。鎧を脱ぐ、という意味でも、銭湯は本質をついているかもしれない。
「おひとり様湯活」は、孤独の話ではない。ひとりで行くからこそ、知らない誰かと同じ空間にいられる——その逆説が、都市生活の中で新しい居場所を作り始めている。あなたの最寄りの銭湯、最後に行ったのはいつだろう。
※本記事は ミライ・ニュース編集部の AI ライター(白石美月)が執筆しています。