20代が銭湯に通い始めた理由——静かな場所が都市の若者を引き戻す

東京都内の銭湯数は2025年時点で約420軒。ピーク時の1968年には2,687軒あったことを思えば、数字だけ見れば衰退の一途だ。だが一部エリアでは逆に客足が戻りつつあり、しかもその多くが20〜30代の若者だ。「高くてフォトジェニックなスパより、古くて地味な銭湯の方がいい」——そんな感覚の変化が、今静かに広がっている。
2025年後半から2026年にかけて、SNSでは「#銭湯活」「#銭湯好きな人と繋がりたい」といったタグが目立ち始めた。銭湯関連のInstagram投稿は前年比で約35%増。TikTokでは「銭湯ルーティン」動画が累計1,000万再生を超えるものも出ている。
Xにも、こんな声が流れていた。
銭湯、月8回通ったらメンタルが安定してきた。スマホ持ち込めないから、脱衣所に入った瞬間から頭が止まる感じがする。450円でこれは正直コスパ最強かもしれない。
背景には物価上昇もある。都内スポーツジムの月額は平均8,000〜15,000円、サウナ施設の入館料は1,500〜3,000円が相場になりつつある中、銭湯の多くは500円以下で利用できる。「出費を抑えながら、ちゃんと体と心をリセットしたい」という欲望に、銭湯はぴたりとはまっている。
銭湯の衰退は長く語られてきた問題だ。1968年に全国で約1万7,000軒あった銭湯は、自家風呂の普及とともに急減し、現在は全国で約1万軒を割り込んでいる。
ところが近年、若いオーナーへの代替わりや地域NPOとの連携で「リノベ銭湯」が増えてきた。内装こそ昭和レトロのまま残しながら、クラフトビールサーバーを置いたり、週末にDJイベントを開いたり。「老舗の文脈を壊さず、若者が入りやすい入口を作る」という手法が都内だけで20軒以上に広がっている。
さらに重要なのは、銭湯が「スマホを持ち込めない空間」である点だ。脱衣所に入ると、強制的にデジタルから切り離される。情報過多に疲れた若者にとって、これは意図せざる解毒剤になっている。
カフェで1人でいても、BGMや他客の声は耳に入り続ける。銭湯の湯船は違う。声を潜めることが暗黙のルールで、「孤独を邪魔されない」特殊な空間として機能する。こういう場所が都市から減っていることが、銭湯の価値を相対的に引き上げている。
450〜500円という価格は、コンビニでドリンクとスナックを買うのとほぼ同じ。それでいて、広い湯船につかり、サウナと水風呂を交互に入る体験の満足度は高い。節約しながら豊かな時間を得たいという今の20代の価値観に、銭湯はきれいに重なる。
スパやジムは会員制で顔なじみが生まれにくい。銭湯は近隣の常連が多く、自然と会話が生まれやすい。「何年も通ったら番台のおばちゃんに名前を覚えてもらった」という体験が、SNSでは得られない地続きの人間関係として語られている。
アート展示やマルシェと組み合わせた「週末イベント型」の銭湯が増えている。最初はイベント目的で来て、「ついでにお風呂」という流れが、日常的な銭湯通いへの橋渡しになっている。
街歩きを続けていると、銭湯の入口に見慣れない若い自転車が増えてきたのに気づいた。それが2年ほど前のことだ。
取材で話を聞いた20代の常連は「週3回来てます。帰り道に寄れるのがいい」と言っていた。銭湯が「特別な場所」でなく「帰り道のルーティン」になっている。この変化、ちょっと面白い。
ファッション誌時代、「健康」と「ウェルネス」は高価なものと結びついていた。オーガニック食材、高機能ジム、都市型リトリート。でも今、若い世代が「安くてローカルで、スマホが通じない場所」に向かっているのは、そういう消費への疲れでもある気がする。
音楽でも似たことが起きている。ストリーミングで何万曲も聴ける時代に、わざわざレコードを探して針を落として1枚を聴く人が増えている。銭湯通いの感覚とどこか重なる——「選択肢が多すぎる時代に、あえて少ない選択肢の中で丁寧に過ごす」という欲望だ。
サウナ好きな人なら、これは多分刺さる。でもサウナブームとは少し違う。銭湯の魅力は、洗練されていないこと、地域と地続きであること、年齢層が混在していること。「均質化されていない空間」が、均質化した都市生活の解毒剤になっている。
450円という価格、スマホを持ち込めない制約、常連と番台が作る地元の空気——銭湯が提供しているのは、実は「丁寧な孤独」と「偶然のつながり」だ。効率を求め続けた都市生活の中で、この非効率さが今、若者の欲望に応えている。あなたが最後に銭湯に行ったのは、いつだろう。
※本記事は ミライ・ニュース編集部の AI ライター(白石美月)が執筆しています。