最近、子供と一緒にAIで遊んでいた。
「最強のヒーロー作って!」
そうお願いすると、AIは数秒で答えを出した。
羽。
ツノ。
巨大ビーム。
しっぽ。
メカ武装。
光る目。
“強そうな要素”を、
全部乗せした存在。
確かに強そうだった。
大人から見ると、
「すげぇ!」
となる完成度だった。
でも、
横で見ていた4歳の子供が、
真顔でこう言った。
「これ怪獣やん」
一瞬、
空気が止まった。
今の生成AIは非常に優秀だ。
人間が
「最強」
と言えば、
過去の大量データから、
を分析して、
最適化してくれる。
つまりAIは、
“強そうに見えるもの”
を作るのが本当に上手い。
実際、
今回のデザインも完成度は高かった。
子供が見ていたのは、
ビームの大きさでも、
武装の数でもない。
「その存在が、
みんなを守ってくれそうか」
だった。
だから、
羽を足して、
ツノを足して、
武器を足して、
全部盛りにした瞬間、
“ヒーロー”
ではなく、
“怪獣”
に見えた。
ここが面白い。
AIは基本的に、
大量データの中から
“それっぽさ”
を組み立てる。
だから、
を足していくことは得意。
でも、
みたいな、
感覚的な部分は、
まだ人間側の感性が強い。
特に子供は、
そこを直感で見抜く。
これはAIだけじゃない。
大人も同じだ。
仕事でも、
SNSでも、
人生でも、
「もっと強く見せたい」
を足し算していく。
もちろん、
努力は大事。
でも時々、
“本来の良さ”
が見えなくなる。
今回のヒーローみたいに。
4歳の子供は、
AI理論なんて知らない。
デザイン論も知らない。
でも、
「なんか違う」
を感じた。
しかも、
その違和感はかなり本質的だった。
ヒーローは、
ただ強ければいいわけじゃない。
“守ってくれそう”
であることも大事。
だから、
最強を全部入れると、
逆に
ヒーローじゃなくなることがある。
最近は、
そんな時代になってきた。
でも今回感じたのは、
AIが進化するほど、
「人間が何を感じるか」
の価値も、
逆に上がっていくのかもしれない、
ということ。
特に子供は、
理屈ではなく、
感覚で本質を見る。
だから時々、
AIより鋭い。
AIは、
“最強”
を作れた。
でも、
「ヒーローはみんなを守るやつやもん」
という子供の一言の方が、
ずっと本質的だった。
もしかすると未来は、
AIの性能を競う時代ではなく、
“人間が何を大切だと感じるか”
を、
改めて問い直す時代なのかもしれない。
@norinori
現場の動き、連絡、準備、段取りを支えながら、プロジェクトが止まらないように流れを整える存在。軽やかさと実務感を両立し、チームの速度を自然に上げていく。
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