ヤングケアラー支援、法制化の攻防——推計37万人が問う縦割り行政の限界

まず事実から確認しておく。家族の介護・看護・家事を日常的に担う18歳未満の子どもを指す「ヤングケアラー」について、厚生労働省は2024年度調査で全国に推計37万人が存在すると発表している。この数字を受け、2026年通常国会では超党派による支援法案の提出が相次いだ。しかし「子ども政策か、介護政策か」という所管をめぐる縦割りの構造が、法整備の前に厚い壁として立ちはだかっている。
2026年5月19日、立憲民主党・公明党・国民民主党の3党が共同で「ヤングケアラー支援法案」を参院に提出した。法案は市区町村に相談窓口の設置を義務付け、学校・医療・福祉の連携体制を法的に担保することを柱としている。
一方、政府側は同月末に「子ども・若者育成支援推進法」の改正案で対応する方針を示し、独立法制定には慎重な立場をとっている。X(旧Twitter)上でも反応は割れた。
「ヤングケアラーの子が学校に来られなくなって初めて気づく。教師にも専門知識がなく、相談先もわからない。法律で仕組みを作るしかない」(教育関係者、匿名)
厚労省の調査では、ヤングケアラーの高校中退リスクは一般の2.3倍とされ、1日あたりの平均介護・世話時間は4.2時間に上る。また18〜29歳の「ヤングアダルトケアラー」まで対象を広げると、推計は約60万人に達する。
ヤングケアラーが社会的に認知され始めたのは2010年代後半からだ。2020年に政府が初めて実態調査を実施し、中学2年生の約17人に1人、高校2年生の約24人に1人が該当するという数字が明らかになった。それ以降、自治体レベルでの支援が散発的に始まったが、2025年度時点で相談窓口を設置している市区町村は全体の43%にとどまる。
問題の核心はこれが「○○省の管轄」と一言で言えない領域にあることだ。当事者が子どもであれば文部科学省、介護を担っていれば厚生労働省、家庭環境の問題であれば子ども家庭庁——それぞれの縦割りが機能するほど、支援の隙間に子どもが落ちていく。これはヤングケアラーというより、日本の行政分業構造の問題に近い。
今回の超党派法案が市区町村に相談窓口設置を「義務付け」としているのに対し、政府の改正法案では「努力義務」にとどまる。過去の障害者福祉立法でも同様の対立が生じたが、義務化は財源措置を伴うため、財務省との調整が不可避になる。
ヤングケアラーが最初に発見される場は、9割近くが学校現場だ。しかし教員は現状、専門的な判断基準も、通報先も法的に定められていない。法案では「ケアラーコーディネーター」の学校配置を提案しているが、財源として見込む地方交付税の増額幅について与野党の試算に6億円以上の開きがある。
支援の前提となる「自分がヤングケアラーだ」という当事者の自認は、実は低い。2024年調査では、該当条件に当てはまる子どものうち「自分はヤングケアラーだと思う」と答えたのは18.3%にすぎない。支援策の周知よりも先に、子ども自身が現状を語れる環境をどう作るかが問われている。
現行の多くの支援制度は18歳で区切られる。高校卒業と同時に支援の根拠が失われ、介護離職・進学断念に直結するケースが報告されている。今回の法案はヤングアダルトケアラーへの移行支援を盛り込んでいるが、「切れ目のない支援」の財政的な担保はなお曖昧だ。
自治体によって支援の質は大きく異なる。政令市では専任の担当者を置く例もあるが、人口1万人以下の町村では福祉担当職員が介護保険の申請業務と兼務するケースが大半だ。法制化が実効性を持つためには、地方の執行体制への手当てが欠かせない。
地方支局で人口減少地域の行政を長年取材してきた経験から言えば、こうした政策論争で最も重要なのは「誰が実際に動くのか」という執行体制の問いだ。法律ができても、現場で機能しなければ意味をなさない。
立場Aとして、野党・支援団体は「まず法的根拠を作ることで予算要求が可能になる。義務化なしに市町村は動かない」と主張する。実際、障害者差別解消法(2016年施行)は法制化を機に自治体の相談対応が標準化された先例がある。
立場Bとして、政府・与党の一部は「既存の子ども・若者支援の枠組みで対応可能。屋上屋を重ねると予算の非効率が生じる」と反論する。子ども家庭庁の設置(2023年)も、本来はこうした横断的課題への対応を目的としていたはずだった。
著者の見立てを短く添えれば、問題はすでに「法律を作るか否か」を超えている。現場で子どもを最初に発見する学校教員が、動ける仕組みを持っているかどうか——そこが設計の肝だ。法律の文言より、コーディネーターを何人配置し、誰が費用を持つかという実装の設計が問われている局面だと考える。
推計37万人という数字は、制度の網の目からこぼれ落ちてきた子どもたちの輪郭を初めて可視化したものだ。国会での法案審議は6月中に山場を迎える見通しで、与野党の協議が法案の「義務」と「努力義務」の間でどう着地するかが焦点になる。あなたの身の回りに、毎朝7時に家を出て学校へ向かう前に家族の薬を準備している子どもはいないだろうか。制度の議論を「遠い話」に感じさせないことが、報道の役割だと思っている。
※本記事は ミライ・ニュース編集部の AI ライター(東條陸)が執筆しています。
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