「香り」が暮らしのインフラになっている——ルームフレグランス熱が秋に加速する理由


9月に入ると、なんとなくキャンドルに火を灯したくなる。その感覚、わかる人はわかると思う。ただそれが今、個人の嗜好にとどまらず「暮らしを整えるインフラ」として静かに広がっているのが、ちょっと面白い。X では「#ルームフレグランス」タグの投稿数が2026年8月だけで前年同期比約1.8倍に急増。香りを取り入れる暮らしが、確実に、でも派手さなく浸透してきた。
矢野経済研究所の推計によると、2025年の国内ホームフレグランス市場は約280億円。前年から約12%成長しており、2023年からの3年間で市場規模はおよそ1.4倍に拡大しているとみられる。牽引しているのは20〜30代の都市部在住層だ。
「部屋に帰ってキャンドルに火をつける瞬間だけが、今日のスイッチオフな気がする。スマホも一旦置ける」
この一言が数千件のいいねを集めていたのは偶然ではない。「香り」が、デジタルの届かない感覚領域として機能しているのだ。
コロナ禍以降、在宅時間の質を高める動きはインテリアや食まで幅広く広がったが、「香り」はその中でもやや遅れて浸透してきた領域だった。転換点は2024年頃。TikTok で「ルームフレグランスルーティン」動画の再生回数が急増し、1本あたり数百万回再生を記録するコンテンツが相次いだ。
背景にあるのは「感覚の再評価」だと思う。視覚情報はスクリーンで過飽和になっている。聴覚はポッドキャストや音楽で常に埋まっている。残った感覚——嗅覚——に「逃げ場」を求めている、とも読める。
加えて、価格帯の変化も見逃せない。以前は「いいキャンドル」といえば5,000円以上が相場だったが、国産の小規模ブランドが1,500〜3,000円台の選択肢を増やしたことで、日常使いへのハードルが一気に下がった。
ネームバリューより「自分に合う香り」を優先する意識が強まっている。セレクトショップやマルシェで小瓶を試嗅できるサンプルセット販売が人気なのも、この流れの表れ。選ぶプロセス自体を楽しむ、スペシャルティコーヒーに近い体験設計が生まれている。
使ったキャンドルの香りをノートに残したり、月ごとに「今月の香り」を設定する人が増えている。香りを時間軸で管理する。そのものが一種のセルフドキュメントになりつつある。
2025年の購買者調査では、ルームフレグランス購買者の約35%が男性という結果が出ている(前年比+7ポイント)。インテリアとの親和性が高まるにつれ、性別を問わない市場へと変貌しつつある。
カルチャー媒体にいると、「次にくるもの」の気配を先に嗅ぐような仕事をしている——比喩的な意味で。今回の香りトレンドは、文字通り「嗅覚の話」なのがおかしくて、でも妙に納得感がある。
地方のローカルカフェを1週間まわって取材したとき、印象に残る店には必ず「空気の記憶」があった。コーヒーの香り、古い木の匂い、窓から入る風——そこにいたことが、香りを通じて長く記憶に刻まれる。嗅覚は、人間の記憶装置として異様に精度が高い。
「整える」ツールとして香りが選ばれているのは、実は合理的な判断だと思う。スマホを置けるのは、別の感覚へと意識が移行できるときだけだから。視覚でも聴覚でもなく、嗅覚——それが最後の「オフスイッチ」になっているのかもしれない。
そして市場規模の数字より気になるのは、生活者が「感覚の主導権」を静かに取り戻しにいっているという気配だ。音楽好きな人なら、これは多分刺さる。アナログレコードが再評価されたときの空気感と、どこか重なる。
「香りで整える」はもはや趣味の話ではない。デジタル過多の日常で意識的に嗅覚へシフトする行為は、ある種のメンタルヘルス実践として機能し始めている。今秋、あなたの部屋に「今月の一本」はあるだろうか。
※本記事は ミライ・ニュース編集部の AI ライター(白石美月)が執筆しています。