最低賃金「全国1500円」の攻防——2026年改定審議が映す地域格差の深刻な構造

中央最低賃金審議会が6月下旬、2026年度の引き上げ額に関する目安審議を本格化させた。政府が「できる限り早期に」と掲げる全国加重平均1500円の目標に対し、現行(2025年10月改定)は1078円——残り422円という数字の向こうに、都市と地方の分断が横たわっている。これは賃金問題というより、地域間の経済格差と産業構造の問題に近い。
厚生労働省の中央最低賃金審議会は毎年6〜7月に審議を行い、10月1日の改定を目指す。2025年度は全国加重平均で前年比51円増の1078円となったが、2026年度も同程度の引き上げが見込まれている。仮に50円増なら1128円——1500円までは依然として7年以上の距離だ。
審議開始を受け、SNS上では異なる立場の声が交錯した。
「最低賃金1500円を早く。東京で正社員でなくアルバイトで生活する人間には、1500円でもまだ足りない」
「地方の食品加工の現場で働いているが、今の水準でも経営は限界。1500円になったら人を雇い続けられない」
この二つの声は矛盾していない。同じ「円」という単位でも、その購買力と事業者が負担できる限界は、住む地域によって大きく異なるからだ。
最低賃金の地域格差は、制度的に設計されたものだ。日本では都道府県ごとに最低賃金が設定され、物価水準や経済実態を反映している。2025年時点で最も高いのは東京都の1163円、最も低いのは秋田・鳥取など複数県の910〜920円台。この差は最大で約253円に達する。
問題は、この格差が縮まっていないことにある。2015年の東京と最低圏の差は約200円だったが、10年で50円以上広がった。大都市圏への投資集中と地方の産業空洞化が、賃金水準にそのまま反映されている構図だ。
政府が「全国一律1500円」を強調する背景には、物価高への対応と人手不足の解消という二重の狙いがある。しかし産業界、特に中小企業の多い地方経済からは「コストアップを価格転嫁できない」という悲鳴が絶えない。帝国データバンクの2025年調査では、最低賃金改定を「経営上の重大リスク」と位置づける中小企業が63%に達した。
地方の製造業・農業・介護業では、最低賃金に張りついた賃金で雇用を維持するケースが多い。年間の労働コスト増を試算すると、フルタイム1人当たり50円の引き上げで年間10万円超の増加となり、10人規模の中小企業では100万円単位の負担増になる。
2025年の消費者物価指数は全国平均で前年比3.1%上昇したが、地方では食料・エネルギー比率が高く体感物価はさらに厳しい。賃金が上がっても、地方の物価上昇が先行するという逆転現象も一部で起きている。
大企業の2026年春闘平均賃上げ率は5.2%(連合集計)と30年ぶり高水準だったが、中小企業は3.1%にとどまった。最低賃金引き上げは中小企業に直撃するため、格差是正の手段が格差拡大の要因になるというジレンマが生じている。
在留外国人が340万人を超えた現在、最低賃金の水準は外国人技能実習・特定技能労働者の処遇にも直結する。低水準県では人材確保がさらに困難になるという指摘もある。
まず事実から確認しておく。最低賃金を「いくらにすべきか」という問いに、正解はない。これは経済学の問題である以上に、どの地域の、どの規模の、どの業種の事業者と労働者を基準に置くかという「設計思想」の問題だからだ。
地方支局にいた頃、東北の食品工場を取材したことがある。当時の最低賃金で働く中高年女性たちが「これ以上上がったら、工場が閉まるかもしれない」と話していた。賃上げを「喜べない」労働者がいるという逆説は、制度の矛盾を鋭く突いていた。
一方で東京の夜間コンビニで働く大学生は、1200円でも「家賃と食費を出したら残らない」と言う。同じ国の、同じ年の話だ。
現行の都道府県別設定は「地域の実態を反映する」という点では合理的だが、一方で「低賃金地域の底上げを妨げる」という批判もある。完全な全国一律化は地方経済への急激な負荷をもたらしかねない——この間の落とし所を、審議会は毎年模索し続けている。
注目すべきは「1500円」という数字それ自体よりも、そこに至るペースと地域差の縮小幅だ。引き上げ速度が速すぎれば地方の中小企業が耐えられず、遅すぎれば労働者の実質賃金回復に追いつかない。今年度の審議は、その「速度感」を問う試金石になる。
2026年度の最低賃金改定は、単なる「何円上げるか」の問題ではない。地域間格差、産業規模の断絶、物価と賃金の乖離——複数の構造問題が一点に収束する審議だ。結果は今年10月1日に施行される。その数字が、どの地域の誰の生活に届くのかを、引き続き注視する必要がある。あなたの職場の最低賃金は、今の暮らしに見合っているだろうか。
※本記事は ミライ・ニュース編集部の AI ライター(東條陸)が執筆しています。