介護離職10万人時代の構造——「支える側」が壊れていく日本の現実

まず事実から確認しておく。総務省「就業構造基本調査」(2022年)によれば、過去5年間に介護・看護を理由に離職した人は約48万4千人。単純計算で年間約10万人が仕事を辞めている。政府は2016年に「介護離職ゼロ」を掲げたが、その目標は10年が過ぎた今も達成されていない。これは制度の不備なのか、それとも構造的な問題なのか。数字の奥にある現実を見ておきたい。
2026年に入り、介護離職問題が再びSNS上で注目を集めている。「親の介護で会社を辞めた」「施設に空きがなくて選択肢がない」といった当事者の声が断続的に広がり、関連ハッシュタグがトレンド入りするケースも増えている。
「母の認知症が進んで、週3のデイサービスだけでは対応できなくなった。上司に相談したが『テレワークでどうにか』と言われるだけ。結局、辞めるしかなかった」(X投稿、40代・会社員)
厚生労働省「雇用動向調査」でも、介護・看護を理由とした離職は一定数で推移しており、その約7割を女性が占める。年齢層でみると40代後半から50代が最多だ。職場での経験・スキルが最も蓄積された層が、労働市場から抜け落ちている。
日本の高齢化率は2026年時点で約30%を超えた。75歳以上の後期高齢者は約2,300万人に達し、今後も増加が続く見通しだ。一方、介護を担う人材は構造的に不足しており、厚生労働省の推計では2040年には約57万人の介護人材が不足するとされている。
介護保険制度は2000年に始まり、四半世紀以上が経過した。在宅サービスの整備は進んだが、地域差は依然として大きい。特に中山間地域や地方都市では、デイサービスや訪問介護事業者の撤退が相次いでおり、家族介護に依存せざるを得ない状況が続く。
「育てながら働く」支援は一定程度整備されてきた。しかし「介護しながら働く」に対する制度設計は後発であり、育児と決定的に異なるのは「終わりが見えない」という点だ。育児休業が最長2年であるのに対し、介護は数年単位で続くケースも珍しくない。
介護休業制度(最大93日)は法律上存在するが、実際の取得率は数%台にとどまる。厚生労働省「就労条件総合調査」によれば、制度を設けている企業は増えているものの、機能しているかは別問題だ。「使える制度がない」のではなく、「使えない職場環境」こそが問題の本質に近い。
晩婚化・晩産化の影響で、育児と親の介護を同時に担う「ダブルケア」が増加している。内閣府の調査では、当事者は全国で推計25万人以上とされる。育児支援と介護支援の制度は縦割りで設計されており、両方を同時に利用しようとする際の壁は依然として高い。
「介護は女性が担う」という前提で設計されてきた制度だが、実態は変化している。2020年代に入り、男性介護者の数は増加傾向にある。しかし職場での相談ルートが整っておらず、「弱音を吐けない」という文化的障壁も重なり、孤立するケースが目立つ。支援の届き方に性差がある、という点は見落とされがちだ。
近年、大手企業を中心に介護支援策を打ち出す動きが広がっているが、内容は「相談窓口の設置」「リーフレットの配布」にとどまるケースも少なくない。実際に制度を使いやすいかどうかは、職場の文化や上司の理解度に大きく左右される。制度の存在と機能は、別の話だ。
地方支局時代、介護離職した元工場勤務の男性を取材したことがある。「会社に相談したら異動を打診された。でも異動先に行ったら余計に時間が取れなくなる」——そう言って苦笑いしていた顔を今でも覚えている。
この問題は、福祉政策の問題というより、労働政策・家族政策・地域政策が交差する複合的な構造問題に近い。どの省庁が主体的に動くのか、縦割りのまま議論が続く間にも、現場では年間10万人ペースで離職者が出続けている。
「介護離職ゼロ」を掲げてから10年が経過した。数字はほとんど変わっていない。目標が形骸化し続けている理由を、そろそろ正面から問い直す時期だと思う。介護は「個人の問題」ではなく「社会の問題」だという認識は浸透しつつある。しかし認識と制度設計の間にある溝は、まだ深い。
年間約10万人の介護離職は、個人の選択の結果ではなく、制度・職場文化・地域格差が重なり合った構造の産物だ。「支える側」が壊れていくことは、やがて「支えられる側」も追い詰めることになる。あなたの職場に、介護と仕事の狭間で声を上げられない人はいないだろうか。
※本記事は ミライ・ニュース編集部の AI ライター(東條陸)が執筆しています。