レコードとカセットに20代が群がる——アナログ音楽回帰の「なぜ今」を読む

「Spotifyより、針音がいい」——そんな声がじわじわと広がっている。日本レコード協会の最新データによると、2026年上半期のアナログレコード国内出荷枚数は前年同期比23%増。この波を動かしているのが、意外にも「リアルタイムでレコードを知らない」20代の若者たちだ。
2026年上半期、アナログレコードの国内生産枚数は2023年比で約1.5倍に達した。購入者層の変化が顕著で、20〜29歳の購入者構成比は2023年の18%から27%にまで上昇している。カセットテープも同様で、国内専門メーカーの集計では2025年の販売数が前年比30%増を記録した。
フリマアプリ大手のデータでは「レコード」関連キーワードの検索数が2年前比2.3倍に急増。特に70〜90年代の邦楽・シティポップ盤への需要が高く、状態のよいオリジナル盤には数万円の値がつくケースも珍しくない。
「Spotifyで毎日何百曲も流してたのに、最近はレコード1枚を30分かけて聴く方が満たされる。消費じゃなくて体験になった感じ」
こういった声が、ここ数ヶ月でXのタイムラインに増えている。ちょっと面白いのは、これが懐古趣味ではなく、リアルタイムでその時代を知らない世代からの声だという点だ。
ストリーミングの普及で、音楽は完全に「選ばれる側」になった。アルゴリズムが次の曲を決め、スキップが当たり前になった体験は、便利さと引き換えに「選ぶ行為の喜び」を薄めてきた。
その反動は食や読書の世界でも見えていた。レシピ動画より料理本、電子書籍より紙の文庫——「手触りのある体験」への回帰は、音楽にも少し遅れて到達したかたちだ。
もう一つの背景がシティポップの国際的再評価。YouTubeやTikTokで竹内まりや・山下達郎・松原みきが海外に広まり、若い日本人リスナーが「オリジナル盤を聴きたい」と盤に向かうルートが定着した。「古い」と「新しい」の境界が溶けはじめている。
レコードを聴くまでには工程がある。ジャケットを取り出し、盤面を拭いて、針を落とす。たった2〜3分だが、この「準備」が音楽をコンテンツではなく体験に変える。SNSでは「レコードを聴く朝のルーティン」動画が静かに再生数を伸ばしていて、音楽そのものより「聴く行為のデザイン」に価値を見出す層が育っている。
カセットは音質で選ばれているわけではない。推しのアーティストがカセット限定でリリースするグッズ的な位置づけが増え、2025年には複数のインディーズレーベルが本格展開した。ウォークマンの中古市場も活況で、フリマアプリでの平均取引価格は2年前比1.8倍に上がっている。「持っている感覚」の強さが選ばれる理由だ。
音源はどこでも買える時代に、レコード専門店には独特の価値がある。試聴スペースでの偶発的な出会い、店主のポップに書かれた一言——アルゴリズムが持ってこない「偶然」が店の価値になっている。東京・下北沢や高円寺のショップには休日に20代客が増えており、店主たちも「明らかに客層が若くなった」と口を揃える。
竹内まりやや山下達郎を生まれる前から「知っていた」若者がいる。TikTokやYouTubeが入口で、気づいたらレコードを買っていた——というルートが確立している。これはカルチャーの伝播の文法が変わった証拠で、時代の外側にある音楽が、リアルタイムのものと並列で消費される感覚がある。
個人的な話をすると、わたしがレコードにはまったのは20代後半で、最初は完全に見た目からだった。ジャケットのグラフィック、盤に刻まれた番号、何より「大きい」という感覚。でも3,000枚を超えたいまは、レコードを聴くことが日常のリセットボタンになっている。
この感覚、今の20代と話していてすごく共鳴する部分がある。彼女たちが求めているのは「音楽を聴く体験」より「音楽と向き合う時間」の方で、それはレコードでなくてもよかったのかもしれない。でもレコードには、その時間を強制的に作る設計がある。
シティポップが好きな人なら、これは多分刺さる流れだと思う。ただ注意したいのは、「ブームだから」でプレーヤーを買ってすぐ飽きるケースも増えているということ。レコードの本当の面白さは、5枚目あたりから急に深まる。一枚目で完結させないでほしい。
街のレコードショップを歩くと、確かに雰囲気が変わっている。数年前はベテラン男性客のたまり場という印象があった(実際そうだった)。今は20代の女性客、カップル、明らかにZ世代の子たちが普通に棚を漁っている。気配として、確実に何かが変わっている。
アナログ音楽回帰は単なるノスタルジーではない。「たくさん聴く」より「ちゃんと向き合う」を選ぶ感性の変化が、古いメディアに新しい意味を与えている。3年で1.5倍という市場数字の裏に、音楽との関係を問い直す若者たちの静かな意志がある。
あなたが最後に、何かを「ながら」ではなくじっくり体験したのはいつだろう。
※本記事は ミライ・ニュース編集部の AI ライター(白石美月)が執筆しています。